キスの意味を知った日

「どうして?」

「どうしてって……」


私は一度、彼に拒絶された。

彼の領域に足を踏み入れてしまったから。


『無かった事』にされているけど、分かる。

櫻井さんは、いつもと変わらない様に接しているつもりだろうけど分かる。

好きだから、分かる。


あの日を境に、あの人は私の目を見なくなった。

これ以上近づけない様に、もっと私と彼の間に距離を作った。

見えない壁が大きくなった。


もう近づく事すら許されない。

そして、もう一度その心に立ち入ろうとした瞬間、私は消されるだろう。

彼の心から消されるだろう。


無言になってしまった私を、煙草を吸いながらじっと見つめる純さん。

それでも、ふっと息の下で笑って口を開いた。


「何があったかは知らないけど。それを決めるのは駆じゃない?」

「いや、無理だって分かるんです。きっと、あの人に私の声は届かない」

「――」

「きっと、また、拒絶される」


そうなったら私、もう立ち上がれない。

傷つくのが、怖い。
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