キスの意味を知った日

風を切る様に警官が駆けて行った後を追うと、突然静寂の中から狂ったような声がした。

その声を聞いて、胸の中がヒヤリと冷たくなる。


「うぉあぁぁぁぁっ!! 離せぇぇぇっ!!」


突然開けた場所に出た瞬間、目の前であの男が狂ったように叫んでいた。

その上には、先程の警官が馬乗りになって、暴れる男を抑え込んでいる。

すると、同じように後ろからバタバタと何人もの警官達が駆けつけてきて、地面を這いずり回るその男を抑え込んだ。

その光景を見て、一瞬悲鳴のような声が自分の口から洩れてその場に立ちすくむ。


それでも、直ぐに我に返って辺りを見渡した。

そして。


「櫻井さんっ!!」


少し離れた場所で座り込んでいる櫻井さんを見つけて、慌てて駆け寄る。

倒れ込むように側に駆け寄ったけど、顔に切り傷があるのを見て悲鳴を上げる。

そして、慌ててその腕を掴むと、痛そうに櫻井さんは顔を歪めた。


ハッとして手を離すと、その手は真っ赤に染まっていて生ぬるかった。

切られたんだと分かった瞬間、一気に血の気が引く。

ガタガタと体が制御不能になって、涙が零れ落ちる。


「――松本」


我を忘れたように泣き出した私に、櫻井さんがそっと私の名前を呼ぶ。

その姿に何度も頭を下げる。


「ごめ……なさ……い」

「謝らなくていいから」

「だって……私の……せいでっ」


ドクドクと流れる櫻井さんの血は止まらない。

ポタポタと、その指先から真っ赤な血が滴り落ちている。

顔にも何か所か切り傷がある。

思わず、傷だらけのその体に抱きついた。
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