キスの意味を知った日

そう叫んだと同時に、櫻井さんの瞳がゆっくりと開いた。

焦点が合っていないのか、ボーっと私の顔を見つめている。

その姿に、必死に声を上げる。


「櫻井さん! 私です! 分かりますか?」

「――」

「櫻井さん!」


徐々に光を取り戻していくその瞳に、涙ながらに訴える。

僅かに震える長い睫毛が、月明かりに照らされて頬に影を作っている。

すると、微かに唇が動いた。


「まつ……もと」

「――っ」


櫻井さんの声を聞いた瞬間、ダムが決壊したかのように瞳から涙が溢れた。

一気に安堵感が襲って、握っていた手に縋りつくようにして泣いた。


「櫻井さん...…良かったっ」


何度もしゃくりあげながら、櫻井さんの名前を呼んだ。

すると、まるで慰めるように私の頭を優しく撫でてきた櫻井さん。

驚いて顔を上げると、優しい顔で微笑むその瞳が私を見つめていた。

そして、小さく息の下で笑った彼は涙で濡れた私の頬を優しく指で撫でた。


「また泣いてる」

「だって――っ、死んじゃうかもって――思ってっ」

「ちゃんと生きてる」


そう言って、しょうがないなって顔で笑った櫻井さん。

そのまま、親指で私の目の縁から流れる涙をすくってくれた。


「無事でよかった」


優しく微笑んで、そう言った櫻井さんに涙の量が増す。

本当にこの人は、どこまでも優しく温かい人なのだろうか。
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