キスの意味を知った日
コンコン。
仕事を終え、いつも通りガラス張りの喫煙室のドアをノックして扉を開ける。
すっかり薄暗いこの階には、もちろんの事人はいない。
「終わりました」
「お疲れ」
いつもの様に煙草を吸ってパソコンを打っている櫻井さん。
それでも、私の顔を見て少し微笑んでから、突っ立ている私に、こっちこっちと手招きした。
「どしたんですか?」
「今度の休み、空いてる?」
「空いてますけど」
「じゃぁ、そのまま空けといて」
そう言って、煙草をフッと短く吐いた櫻井さん。
ポカンと口を開けて立ち尽くす私に不敵な笑みを投げた。
「出掛けようぜ」
「いいんですか?」
「何が」
「えっと、体調とか、仕事とか」
「もう退院して一カ月だぞ。とっくに治ってるし、仕事も一段落した」
呆れたように笑った櫻井さんが、開いていたパソコンをパタンと閉じた。
その姿を見つめつつ、急な彼の提案に心がポッと温かくなる。
そんな私の顔を見て、ふっと笑った櫻井さん。
そして。
「快気祝い」
そう言って、立ち上がって私の頭に手を置いた。