キスの意味を知った日
それから、しばらくは櫻井さんの言葉に甘えて目を閉じていた。
驚くほど櫻井さんの運転は丁寧で、揺れる事も少なかった。
きっと、気を使ってくれたんだと思うけど。
「着いたぞ」
目を閉じたまま横になっていた私に、不意にそんな声がかかる。
着いたのか、と思い、ゆっくりとリクライニングされていた座席を元に戻す。
目の前には案の定、見慣れた駅が見えた。
「あの……本当にありがとうございました」
ぺこっとお辞儀をして、シートベルトに手をかける。
ここからは、歩いて帰ろう。
そう思っていたのに。
「待て。家まで送る。これじゃ送った意味ないだろ」
アホか? と言わんばかりの顔で私を見つめる彼。
その言葉に、瞬きを繰り返す。
「いや、でもすぐそこなんで」
「じゃぁ、尚更だ」
きっと仕事でもそうだけど、妥協を許さないというか、一度決めた事を最後までやり通すのは私生活にも出ているんだろう。
もはや、私を家まで送り届けるのは、彼のミッションになっていると思われる。