Sion
そんな希愛に那由汰は何も知らず、優しい言葉をかけてくれる。
「…希愛、こっちにおいで。ピアノを弾いてあげる」
と、那由汰は希愛の手を弾く。
自分の太ももに希愛を抱きかかえ、ふわりと乗せた。
首元に息がかかる距離に希愛は恥ずかしくて目をつぶる。
だけど、那由汰の弾くピアノを聴いて、ゆっくりと目を開けた。
それは希愛が那由汰のピアノを初めて聴いた曲だった。
どうして那由汰がこの曲を弾いたのかは分からない。
だが、希愛は今でも鮮明に覚えている。
出会ってすぐ、『これは…あんたの曲』と弾いてくれた。
那由汰の指から奏でられるメロディーが希愛の心を揺さぶった。
辛い時もあった。悲しい時もあった。
だが…那由汰が弾くピアノは、そんなことを忘れさせる。
心が洗われていくかのよう。
あの時の想いが蘇る。
きっとあのときから、希愛は那由汰のことを―――。