Sion




気づけば、希愛の頬に涙が伝っていた。
それは突然に。だけど、涙は止まることなど流れる。




那由汰の指から奏でられるメロディーは希愛の心を揺さぶる。




声を閉ざした希愛は耳に神経を行き渡らせた。
その結果、今までよりも音に敏感になった。




それが辛い時もあった。悲しい時もあった。
だが…那由汰が弾くピアノは、そんなことを忘れさせる。




心が洗われていくかのよう。




那由汰の指が止まる。
だけど、メロディーは希愛の耳にいつまでも残っていた。




那由汰は希愛を見つめ、ふっと微笑む。
中庭で見た時とはまた違う、穏やかな笑みで。




「…急にごめん」




那由汰は謝る。
だけどその表情はとても嬉しそうだった。




「あんたを見たら、音が流れ込んできた」




長い指が鍵盤を愛おしそうに撫でる。





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