Sion




少し泣きそうな希愛が目の前にいる。
これ以上そんな顔をさせたくなくて、那由汰は手を下ろし、微笑んだ。




「もう…行こうか」




ズキッと希愛の胸が痛む。
気を使ってくれた那由汰に凄く申し訳なくなった。




『ごめんなさい』と言いたいのに、この唇からは紡げない。
それだけで虚しくなる。





どうしてこの唇は言いたいことが言えないのだろう。
どうして出て欲しいときに出てくれないんだろう。




それを考えるだけで泣きたくなる。
那由汰が行ってしまう。




希愛はぎゅっと那由汰の服の裾を引っ張った。
那由汰が振り返ると、目に涙を浮かべた希愛が那由汰をじっと見つめていた。




希愛は一生懸命唇を動かしている。
だけど、そこから言葉が紡がれることはなかった。




唇は何度も謝っていた。
那由汰はふっと微笑み、涙が流れる頬を撫でた。




「謝らなくていいよ。…希愛は俺のこと、嫌いじゃない?」




希愛は何度も首をこくこくと頷かせる。




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