今宵、桜と月の下で
もしも去年の月があるのなら、君に見せてやりたい。

うしろに振り返って見れば、明かりを消している部屋の中で、薄い緑の夜光を放つ時計の針が綺麗に重なろうとしていた。

もうすぐ、彼女はベンチを立つだろう。

きのうまでと同じように、黒い猫のぬいぐるみを抱えあげ、ごみを片付けて帰ってしまう。

桜の海の向こうへ沈むように、春の闇の中へ溶けるように……

思わず、空を見上げる。

空には綺麗な、上弦の三日月が昇っている。

天つ風
 雲のかよひ路
   吹きとぢよ

をとめの姿
 しばしとどめむ


名前も覚えてやってない誰かのうたを思い出しつつ、行動力のない俺へ苦笑を送っていた時。

ふいに、なにかが揺れた。

はたと気が付けば、彼女が手招きをしている。

ついでもなく首を傾げた。だれへ手招きをしてるんだ?

そして直感させられる。

手招きされてるのは、俺だと。
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