メインクーンはじゃがいもですか?

 その頃葵は霧吹から使えと渡された電話がバッグの中で振動したのを確認し、言われた通り誰にも分からないように、この中にいる犯人に気付かれないようにこっそりとメールを開いた。


『買えるぞ』

 ん?

『帰るぞ』の間違いかな? きっと確実にそうだと思う。

 って、今まだ講義始まってもいないんですけど。これ、落としたくない。

 しかし自己中心的な霧吹のことだ、来ないと分かると躊躇無く教室に踏み込んでくるのは目に見えて明らかなこと。そうなるともっとやっかいになりかねない。

 急いでバッグにノートやその他諸々をしまうと、小さくなりながら葵は教室を出た。

 ところで、声をかけられた。

「葵ちゃん、どうしたの? 講義はまだこれからだよ」

 体育会系男子だ。

「蟋蟀(こおろぎ)さん」

 それが名字なんだか名前なんだかは定かじゃない。

「ちょっと、具合が悪くて今日は無理かなあって」

 葵はバッグを胸の前で抱え、ちょこっとずつ前に進む。

「じゃさ、食事でも行かない? 夏だけど、ちゃんと食べないと体もたないでしょ」

 葵の腕を掴む強引なコオロギに葵は、「夜は食事に行くので」咄嗟に出た。

「夜? 誰と行くの?」

 目つきがかわったコオロギは、突っ込んだ質問を葵にした。

 今夜食事に行く約束なんか無いものの、咄嗟に言った自分の言葉に信憑性を持たせるために、

「あーと、友達?」疑問文になってしまう。

「そっか、じゃぁ、また今度? かな」

「そ、そうだね」

 コオロギは掴んだ腕を放すと、優しい笑顔に真っ白い歯を見せた。

 ごめんねと言い、背中に視線を感じながら車の停めてある場所へと急いだ。


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