メインクーンはじゃがいもですか?
廊下を踏み鳴らす大きめな音は霧吹のものだ。
今から葵をフルボッコりに行くとまくしたてた霧吹は葵の寝かされている部屋へと向かっていた。
葵は痛む体をなんとかして起き上がらせようと腕に力を入れて状態を起き上がらせようとしたところで、派手な音をたてながら襖が開かれた。
目の前には白いスーツの男。
目にかかるほど長かった黒髪は短く切られていて顔にはまだ治りきらない傷がついていた。左腕には包帯が巻かれていて痛々しかった。
「霧吹さん、なんで。それ、どうしたんですか」
「なんてことねーなこんなもん」
「でも、顔にも傷が」
「俺んとこに来るってことはよ、こうなることがこの後もあるかもしれねえってことだよ。何年か帰って来られねーことにもなるかもしれねえ。そういうことなんだよ」
葵は今目の前にいる霧吹がコロンビアで何かに巻き込まれたんだってことを思うと、何も考えずに自分がしたいことをしてきた自分に腹が立った。霧吹は大変な目にあっていたんだ。美紀子さんも『ガキのでる幕じゃない。今大変なんだよ』ってことを言っていた。
こういうことだったんだ。そう思うと、悔しくて涙が出て来た。
「いいのか?」
こくこくと頷く葵は、なんとか起き上がろうと再度試みたところで体が軽くなった。
嗅いだことのある香水の香り。霧吹が自分を起き上がらせてくれていた。自分も怪我をしているのにいつでも人のことを優先する。
「はい。そんなことなんとも思いません。大丈夫です。霧吹さんが死んじゃっても私がここ守ってみせます」
「待て待て待て待て。勝手に殺すんじゃねんよバカ野郎。俺はそんな弱くねえ」
「……霧吹さん」
「あ」
最大限の笑顔を顔に張り付けて霧吹に抱き付いた。
『大好きです』は、心の中で言った。そんな葵の気持ちを霧吹は……
やはり、はあはあしながら尻尾をぶんぶん振っていた。
霧吹の心に住み着いている子猫は霧吹と葵が抱き合っている間にこっそりと葵の心の中にお邪魔した。
葵の心の中に生まれた黒い子猫が誰かが遊びにきたことに気づき、顔を上げた。
二匹はやっと会えたとばかりに目を細めお互いの顔と顔をごっちんこして愛情を確かめ合っていた。