愛色と哀色の夜
麗菓さんの話を聞いている間、ボク達はずっと黙っていました。
「わたしが幼稚園の頃に、母はこの世を去りました。わたしの父は、それ以降男手ひとりでわたしを育ててくれたんです」
そこまで言うと、水を一口飲みボクを見詰めます。
「…初めての子どもだから、戸惑う部分の方が多かったでしょう。父はありとあらゆる習い事をわたしにさせて下さいました。……でも、素直に言うことを聞いていたのは幼い頃だけ。わたしは、父のやり方に疑問を感じ、ある日父に言ったんです」
また一口水を飲み、次にルイさんを見ました。
「ねぇ、小さいの頃から完全警備の全寮制の学校に入れられるってどんな気分だと思う?」
ルイさんは首を竦めると、最低だね、と答えました。麗菓さんはその言葉聞いて軽く頷き、
「えぇ、まるで牢獄の中にいるようでした。」
麗菓さんはそこで言葉を切り、やがて泣きそうな声で続けます。
「けれど父は、「口答えするな」とわたしを打ちました。その時に受けた傷は今でも残っています」
髪の毛を掻き上げる素振りを見せた麗菓さんを、ルイさんは手で制すると首を振りました。
「……ありがとう」
軽く目を伏せ、水を飲む麗菓さん。
「…辛いなら、もう話さなくていいよ…?」
今にも泣き出しそうな麗菓さんを見るのが辛くて、ボクは声を掛けました。しかし麗菓さんは大丈夫と笑い、後を続けます。
「それ以来、わたしは父にも誰にも心を開かなくなりました。…そのまま数ヶ月が過ぎ、わたしはある一冊の本と出逢いました」
本、口にした途端麗菓さんの声が明るくなったような気がしたのはボクの思い込みかもしれません。
「本を読むということは、閉ざされた世界を生きるわたしにとって、とても新鮮で、わたしに与えられた唯一の心安らぐ時でした」
それは、見てる方にも安らぎを与えるようなそんな笑顔。麗菓さんはうっとりとした表情で後を続けました。
「そんなある日、わたしは綺麗な風景画の書いてある本を見付けました。…何処かはわかりませんが、小さい丘と満天の星がとても印象に残っています」
星、と聞いていつかおばあさんと見た天の川を思い出しました。天の川伝説は、遠い昔に実際にあった話だと教えてくれた人はつい先日息を引き取りました。
「わたしはその風景画を見た時に、その丘と星に心を奪われてしまいました。学校にいる時も、ピアノの稽古中も、お花を活けている時も……、ずっとあの風景画のことを思っていました」
風景画のことを話す麗菓さんはとても嬉しそうで、ボクはなんでかはわからないけど、切なくなりました。
「今夜は、大きな会社の社長さんと父が会食をする日で、わたしの周辺の警備がとても緩かったんです」
その隙を突いて家出したの、麗菓さんはそこまで言うと深い溜め息を吐きました。ボク達は互いに黙って一言も発することが出来ません。