愛色と哀色の夜
「…まぁ、この箱の中にある服ならどれでも好きなのを選んで頂戴。お代は要らないわ」
そう言って、再び店の奥へと行ってしまった杏さん。ボクがルイさんを見ると、ルイさんも困った顔をしていました。
「…いや、杏ちゃんはいい子なんだけど、…うーん…」
何事かを呟き、頭を抱えてしまいうルイさん。仕方がないので言われた箱の中身を漁ると、かわいいパーカーが出てきました。
「あら、それはなぁに?」
店の奥とルイさんに視線を行き来させてた麗菓さんは、ボクの持っているパーカーを指さします。
「多分パーカーだと思う…。…あ、見てこれ!耳が付いてる!!」
着てみたら、そう言われてボクはもそもそとパーカーを着ます。黄緑地に赤の糸で「home」と刺繍の入っているそれは、とても温かく、ボクはすぐこれに決めました。
「『home』なら今わたしが着てる服も『home』ですよ?」
ほら、コートの裾を捲ると見えるようにタグを見せる麗菓さん。するとそこには赤の糸で「home」と刺繍されていました。
「有名なところなの?」
首を傾げて問うと、麗菓さんは軽く頷き
「はい、『home』というのは有名な子ども服のブランドなんです。わたしの父は少しでも良いものを教えようと、わたしの服は全て『home』にしてくれたんです」
(なるほど…)
内心で頷くと、再び箱の中を漁り次はミニスカートみたいなのとズボンがくっつ付いたものを見つけました。麗菓さんは近付くと、箱の中を眺めます。やがて何着かの服を取り出すと、おもむろにルイさんの方へ向かいました。
「…ん、どうしたんだい麗菓ちゃん」
「…あの…、……さっきはごめんなさい」
そう言って頭を下げ小刻みに体を震わせる麗菓さんを、ルイさんはそっと撫でます。
「…いきなり謝るなんてどうしたんだい?」
「え」
「俺は、麗菓ちゃんに謝ることはあっても、謝られることなんてないよ?」
「でも…!」
しどろもどろになる麗菓さんにルイさんは微笑むとボクを見て
「麗奈ちゃんはそれにするのかい?」
頷くと店の奥から杏さんが出てきました。
「ふふふ、かわいいよねそのパーカー。……あんたによく似合うよ」
目を細めて言う杏さんに、どことなく違和感を覚えました。杏さんの瞳はまるで懐かしい人を見るような、ボクじゃなくて、もっと遠くを見るような目だったのです。
「あの…」
「で、そっちの子も決まったのかしら?」
ボクの言葉を遮り、麗菓さんを見る杏さん。その瞳は既に懐かしさを映しておらず、さっきまでの柔らかい目付きに戻っていました。
ボク達がそんなやり取りをしてる中、離れた位置にいたルイさんがどんな表情をしていたのか、ボクと麗菓さんは知りませんでした。