愛色と哀色の夜

「…目が覚めたかな?」

そう声を発したのは、運転席にいた痩身の男性でした。

見ると辺りは朝焼けでまだ薄紫の空が見え隠れしています。

「…此処は…?」

「まだ眠っていてもいいんだけど……折角だ、一緒に散歩でもしようか」

気付くと、車は既に停まっていたらしく、麗奈の他にもルイさん達が眠っていました。

わたしは頷くとコートをそっとルイさんに掛け、ふたりを起こさないよう静かに外へ出ます。

「…疲れたろう?よく眠ったかい?」

朝特有の冷たい風が、わたし達の間を通りすぎます。わたしは頷くと、痩身の男性をそっと見ました。

「……あの…なんか、………すみません…」

何か会話をしようと試みるものの、口から出たのは謝罪の言葉でした。

「…いいよ、人や物を運ぶのが、僕の仕事だから…」

その人は何処か遠くを見るように空を見詰め、小さく肩を落とします。ルイさんほどではないけれど、この人もまた、掴み所のない、不思議な雰囲気でした。

「名前、まだ言ってなかったね。僕の名前は鷹井(たかい)という。以後、よろしく」

男性、鷹井さんは言うと軽く微笑しました。その微笑みはとても綺麗で、幼い頃に大好きだった母の笑顔を思い出しました。

「…わたしは、風宮 麗菓といいます。「風宮」の名を聞いて分かる通り、風宮財閥の者です」

「風宮財閥」、この国の実力者、政治家などの富裕層(お金持ち)達を支える、言わば「影の」権力者。

わたしの家は、曾祖父の曾祖父の曾祖父、もっと前から政界に対して援助をしていたそうです。「風宮は将来、この世界を統べる」それが父の口癖で、わたしは耳にタコが出来るほど、しつこく聞かされました。

「…そうだったのか…。……いや、昔僕の友人に風宮に通じてた奴がいてね。そうか君が「麗菓ちゃん」なんだね…」

鷹井さんは納得するように頷くと、改めてわたしを見て、

「その知人にね、「風宮のお嬢さんがとても出来た、気立ての良い娘さんだ」って聞いてね。…なるほど…確かに理知的だね……」

感嘆の息を吐く鷹井さんに、わたしは少し嫌気が差しました。

「風宮の令嬢は気品に溢れた素直な子どもである」大人達がそう言うのを、わたしは子どもながらに何度も見て来ました。中にはわたしが成人したら自分の子どもと結婚させようとする人までいて、……父への不信感が強かったわたしには、聞きたくない、嫌な言葉だったのを覚えています。

「……あの…」

「辛かったろう。…そんな小さな体で、よく今まで頑張ったね…」

鷹井さんは、まるで娘を見る父親(わたしの父はそんな目をしなかったけど)のように優しい目で、わたしを見ると、ぽんぽんと頭を撫でてきました。

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