愛色と哀色の夜
その日、いつものように『買い出し』に行った俺は、1組の親子に声を掛けられた。
「…あの、すみません」
その声に振り向くと、中年ぐらいの男が此方を見て立っている。見るからに貧しそうな男は、近くにまだ年端もいかぬ少女を立たせ、慇懃(いんぎん)なしかし拒絶を許さない態度で
「この子を、買いとって欲しいのですが…」
おずおずと、少しだけ前に出た少女は、まるで幽霊でも見てるような目で俺を見る。すると小さく深呼吸をし
「…鈴風、花耶…です…。……よろしくお願いします…」
名字の通り、鈴の鳴るような声で告げると、そのまま俯いてしまった。
俺が少女を道端から『買う』ことはあっても、直接頼まれるのは初めてだった。なので詳しく事情を聞くと、
「…実は、妻が私とこの子を置いて出て行ってしまって…。本来なら父親が育てるのが筋なんでしょうが、……生憎我が家には寝た切りの爺さん婆さんがいて、とてもこの子を養っていくことなんか出来ない。……あんた、よく道端にいる子どもを拾っては少女遊郭に高く売ってるでしょう、どうか、この子も買って頂けませんか…?」
弱々しい見た目とは裏腹な言葉に、微かに混ざる別の感情に俺は気付いた。
少女は男に押されながら、何か怖いものを見るように俺を見て、隣にいる父親に訝しむような視線を向ける。
男の本心はもっと別なところにあることに気付いた俺は、『客』向けの笑顔を作り
「…いいですよ、買いましょう。……ただ、娘さんを『売った』ら、もう娘さんには会わないで頂きます」
男は安心したように目元を緩ませそして、本当は離したくなさそうに少女を見た。
(……偽善者が…)
内心毒突くと、少女を引き取って店に帰った。