愛色と哀色の夜
店に戻ると、杏は唇を尖らせて
「遅いっ!」
リスのように頬を膨らませる杏に適当に挨拶し、後ろに隠れてる花耶を前に出す。
「中々かわいいだろ?……お前が好きそうだな、と思ってさ」
品定めをするように花耶を見る杏に適当に事情を説明し、小さな手を見せる。途端、杏の顔が険しいものになり、此方を軽く睨んだ。
「…意地が悪いわね…、そんなことされたら、雇うしかなくなるじゃない…」
杏は拗ねた口調で言うと、花耶を見る。
「…初めまして、あたしは杏(あんず)。名字は…ないから、気軽に杏って呼んで頂戴。あんたを連れてきた馬鹿は奈央、こいつも…名字はないから、好きに呼ぶといいわ」
さばさば言い、此方を見る杏。その瞳は「後は任せた」とでも言いたげにしていた。
「……今日から、俺と花耶ちゃんはこの店とは違う、杏個人の持つ家で、花耶ちゃんがちゃんと働けるようになるまで生活するんだ」
この少女遊郭には厳重な決まりがあり、その内のひとつが「家族に売られた子どもは傷が癒えるまで女衒と生活する」というものだった。
「…奈央さんと…?」
不思議そうに俺を見ると、少し困ったような顔で杏に向き直る花耶。
「…何?あたしの顔を見詰めたって何も出て来ないわよ?」
意地の悪い口調で告げる杏の瞳は、心做しか楽しんでいるように見えた。