愛色と哀色の夜
少し歩いて着いた裏には、一台の車が停まっていた。
黒塗りのその車は、エンジン音を出しながらゆっくりと後退すると、やがて私達の目の前で停まり運転席からひとりの男が姿を表した。
「…荷物は後ろに積んで貰えるかな?杏さんは俺の隣で、奈央とそっちのかわいい子は後部座席ね」
滑らかに言うと、トランクを開ける男。男は必要最小限の荷物を入れ、車に乗るよう促す。
「いつもありがとうね。…今日、あんたが休みでよかったわ」
助手席に乗ったあたしは、相手の顔も見ずに言った。
「ははっ、お礼なんて要らないですよ。…あとで奈央に、たっぷり仕事押し付けますから」
不吉なことを言われた奈央は、微かに頬を引き攣らせ仕方なさそうに溜め息を吐く。
そんなあたし達の会話を不思議そうに聞く花耶に、運転席の男は話掛けた。
「…こんにちは、俺は鷲尾(わしお)っていうんだ。君は?」
人当りのよさそうな笑顔で問われた花耶は、少し恥ずかしそうに俯き
「…鈴風 花耶……です…」
鈴の鳴るような声で細々と言った。
「花耶ちゃんか、かわいい名前だね。……で、行き先は彼処でいいんですか?」
鷲尾は人当りの良い笑みを崩さないままあたしへ質問する。
「そうよ。…ついに来る時が来たから」
前を向いたまま言った言葉に、鷲尾は
「…はい」
笑みを崩さないよう努力をしていたが、その表情は何処か強張っていた。