愛色と哀色の夜
「奈央…?………奈央さんって、何処かで…」
『if』世界の俺の名を聞いた少女、麗菓は少し考えるように俯くと顔を上げ
「…あ…『if』という世界のルイさんのこと、……でしたっけ…」
『if』世界を知っているということは、杏子や鷹井にも既に会っているのだろう。確認のために試しに質問をすると
「杏子さん……あ、あの気怠そうな物腰の女性ですか…?」
麗菓は困惑したような声で告げると軽く笑んだ。
「…その様子を見ると、あいつらは麗菓ちゃんに手荒な真似はしなかったんだね」
見た感じでは少女に目立った傷や疲弊した様子はない。俺は麗菓の側へ行くと向かい合って座った。
「…取り敢えずよかった、ルイさんに会えて…今花耶さ……この方と、どうしようか考えていたんです」
途中で止めたのは、知らない者同士を勝手に紹介してはいけないという少女なりの気遣いだろう。しかし俺は麗菓の後ろに隠れている少女とは知り合いだった。
「…久しぶりだね、……花耶ちゃん?」
名前を呼ばれた少女はぴくりと肩を震わせ、おずおずと顔を見せる。
「…お久しぶりです、…奈央さん…?」
鈴の鳴るような声は相変わらずで、花耶は座ったままぺこりと頭を下げた。
「…ぐっすり眠れた?」
「はい、それはもう」
そのまま重い沈黙が流れ、長い、永久と紛う時間が過ぎる。
「あ…あのっ…」
不意に声が響き隣を見ると、麗菓がなにかを迷うように口を開いては閉じてを繰り返していた。
その姿はまるで餌付けされている金魚のようで頬が緩みそうになるのを感じる。
「どうしたの?…なにか、聞きたいことでもあるのかい?」
その内容は薄々分かってはいたが、敢えて惚けるように首を傾げると少女は困ったように俯いた。
「『if』世界の話を、君も聞いたでしょ?……『if』世界版の君と麗奈…麗亜が花耶と俺だって言えば、納得するかい?」
少女が知りたい情報の断片を与え、麗菓の様子を見る。すると麗菓は案の定「麗奈」という言葉に反応した。