青いネクタイ
帰りは、ほのかが車で家まで送ってくれた。
車の中では小学校時代の同級生の近況話に花が咲いた。
誰それが学生で出来ちゃった結婚した。やら、リストラにあって地元に戻ってきた白鳥くんやら。わたしが覚えてない名前も出てきた。
終始ご機嫌なほのかは普段は自分から中々話してくれない彼氏ののろけ話も話してくれた。
家の前まで送ってくれたほのかに「今日は彼のところにお泊まり?」と聞くと恥ずかしそうに「うん」と答えた。
その赤く染まったほっぺたが可愛くて普段わたしには見せないほのかの一面を見てしまった気恥ずかしさに、わたしの頬も赤らんだ。
去っていく車の後ろ姿に手を振ってから、家の門を潜ると台所の明かりが点いているのが見えた。
鍵を開けて中に入るとリビングから笑い声が響いてきた。父と母の声だ。
「ただいま」
とリビングに入るとテレビの前のソファに腰掛けた父が振り向いて
「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。
テレビでは司会のお笑い芸人が隣にいる女性アナウンサーにツッコミを入れている。
台所から出てきた母が
「早かったわね」
と言って水を持ってきた。
笑顔で水を受け取ると茶化して
「ほのかが彼のとこに早く会いに行きたいみたいだから遠慮したの」
と返して水を飲んだ。
父がテレビから目を離して話し掛けてくる。
「そのほのかちゃんという子はいつも君子ちゃんが話してるお友達のこと?」
わたしは
「そうです」
と答えた。
「あんたは彼氏に会いに行かなくていいの?直太くん寂しがってるんじゃない?」
いたずらっぽく笑う母に
「今日は遅くまで仕事だって言ってたし、たまにはわたし抜きでせいせいしたい時もあるでしょ」
と笑った。
「君子ちゃんは強いんだな」
と笑う父を見て、母も笑う。
優しい父と母。そして娘の私。
なんて理想的な家族だろう。なんてことのない会話に幸福感を感じてわたしは二階の自室に上がった。
新婚さんのお邪魔をしては悪い。
わたしが小学校5年生のときに私の実父と母は離婚した。
呑んだくれで、母に暴力まがいの言動を長年繰り返していた父にわたしは心底、絶望していた。一番、近くにいて信頼できるはずの大人の裏切りにわたしの心は傷付いた。
離婚後は保険の外交員などの仕事を転々としながら母はわたしを育てた。
そして、今の父と出会った。わたしは知らなかったけどわたしが高校生のときから細々と二人は付き合いを続けていたようだ。
高校卒業を機に今の父を紹介された。いつか結婚したい。そういうつもりでお付き合いをさせてもらってる。父が私の目を見てはっきりとそう言ったとき、母はなんていい人と巡り合ったんだろうと思った。
それと同時に寂しさも感じた。私だけの母が私だけのものではなくなってしまう寂しさ。
高校を卒業した私は地元の自動車部品工場に就職した。地元ではそれなりに大きな会社で知名度もある。一人娘の私が地元では優良企業と呼ばれる会社に就職が決まり、私より母の方が大喜びして父を呆れさせた。
そしてわたしは20歳を迎え、その翌年に二人は籍を入れた。それが約一年前。
今、私は22歳。相変わらず父と母の二人はラブラブで仲がいい。
血の繋がりのない私を大切にしてくれる父を私も大事にしたいと思う。
なんの不満もない幸福な家庭。満ち足りた家族の愛。私は大人になって初めて心の平安というものを知ったように思う。
人の愛とはこんなにも穏やかなものなのか。それを知った。
お正月のバーゲンで買ったばかりの白いバックの中で携帯が振動しているのがわかる。
窓側に置かれたベットに腰掛けてから携帯を見ると、直太からのメールだった。
「仕事終わった~今から呑み行くところ♪ほのかちゃんとまだ呑んでるの?」
くたくたになった直太を想像しながらメールを返す。
「今、帰ってきたところ」と打っていたら、直太から電話が来た。
「メール送ってきたのになんで電話してくるのよ」
苦笑いで電話に出る。
「もしもし?仕事終わったの?」
『いまちょうど終わったよ。君子は家?』
「私も、いま帰ってきたとこ」
『帰ってくるの早かったね』
直太はわたしの働いている会社の親会社で営業をしている。
わたしが今の会社に入社して半年くらい経ったころ、直太から連絡先を聞かれてそれが付き合うきっかけだった。
「ほのかがね、彼氏と会いたそうにしていたから、早く帰してあげたの」
『へぇ、ほのかちゃん彼氏できたんだ。ずっといないって言ってたのに』
「そうなの、いつのまにできたのやら」
『俺としては、ほのかちゃんに君子を取られないで済んでほっとしてるけどね』
「ええ?」
『これで君子を独り占めできる』
「何よ……、恥ずかしいこと言わないでよ!」
『ふふっ、わざと恥ずかしがらせようとしてるのっ』
3歳上の直太は出会ったときから優しかった。最初は下心からかな、とも思ったけれど、付き合って3年経つ今でも直太優しさは変わらない。むしろ出会ったとき以上に私に気を遣い、案じてくれている。
『それにほのかちゃん、呑むと酒乱になるからね。これで不安が無くなった』
「もー、それは忘れてあげてよ!」
恐らく去年の年末、3人で呑んだ時のことを言っているんだろう。
酔いに任せ散々、私と直太に絡みまくり。酔い醒ましの締めのラーメンを食べに行ったら、トイレから中々戻ってこず。心配した私が様子を見に行くと洋式便所に頭を突っ込んで寝ていたという20歳の女子にあるまじき行動を巻き起こした前科がほのかにはある。
その後は反省して量を呑むことは無くなったが、今だに酔うとおっさんのように周りに絡み、最終的に泣く。
「俺がいる時はいいけど君子だけだと、やっぱ心配だからさ」
『ほのかだってもうあんなことしないわよ』
「そうだけどさ、彼氏としては心配なのさ。近くにいなけりゃ何もできないからね。だから、大変だって思うことがあったらなんでも俺に相談するんだよ?」
『ありがと』
大切に想ってくれる彼氏がいる。暖かく見守ってくれる両親も親友もいる。給料も周りの同年代と比べたら多く貰っている方だ。
『恵まれている』
だから何に不満があるというのだろう。
『不満?』
いいえ。不安なのか。この幸せが長く続かないと。
『幸せ?』
私は幸せなのだろうか。
『私は、幸せなのだろうか?』
車の中では小学校時代の同級生の近況話に花が咲いた。
誰それが学生で出来ちゃった結婚した。やら、リストラにあって地元に戻ってきた白鳥くんやら。わたしが覚えてない名前も出てきた。
終始ご機嫌なほのかは普段は自分から中々話してくれない彼氏ののろけ話も話してくれた。
家の前まで送ってくれたほのかに「今日は彼のところにお泊まり?」と聞くと恥ずかしそうに「うん」と答えた。
その赤く染まったほっぺたが可愛くて普段わたしには見せないほのかの一面を見てしまった気恥ずかしさに、わたしの頬も赤らんだ。
去っていく車の後ろ姿に手を振ってから、家の門を潜ると台所の明かりが点いているのが見えた。
鍵を開けて中に入るとリビングから笑い声が響いてきた。父と母の声だ。
「ただいま」
とリビングに入るとテレビの前のソファに腰掛けた父が振り向いて
「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。
テレビでは司会のお笑い芸人が隣にいる女性アナウンサーにツッコミを入れている。
台所から出てきた母が
「早かったわね」
と言って水を持ってきた。
笑顔で水を受け取ると茶化して
「ほのかが彼のとこに早く会いに行きたいみたいだから遠慮したの」
と返して水を飲んだ。
父がテレビから目を離して話し掛けてくる。
「そのほのかちゃんという子はいつも君子ちゃんが話してるお友達のこと?」
わたしは
「そうです」
と答えた。
「あんたは彼氏に会いに行かなくていいの?直太くん寂しがってるんじゃない?」
いたずらっぽく笑う母に
「今日は遅くまで仕事だって言ってたし、たまにはわたし抜きでせいせいしたい時もあるでしょ」
と笑った。
「君子ちゃんは強いんだな」
と笑う父を見て、母も笑う。
優しい父と母。そして娘の私。
なんて理想的な家族だろう。なんてことのない会話に幸福感を感じてわたしは二階の自室に上がった。
新婚さんのお邪魔をしては悪い。
わたしが小学校5年生のときに私の実父と母は離婚した。
呑んだくれで、母に暴力まがいの言動を長年繰り返していた父にわたしは心底、絶望していた。一番、近くにいて信頼できるはずの大人の裏切りにわたしの心は傷付いた。
離婚後は保険の外交員などの仕事を転々としながら母はわたしを育てた。
そして、今の父と出会った。わたしは知らなかったけどわたしが高校生のときから細々と二人は付き合いを続けていたようだ。
高校卒業を機に今の父を紹介された。いつか結婚したい。そういうつもりでお付き合いをさせてもらってる。父が私の目を見てはっきりとそう言ったとき、母はなんていい人と巡り合ったんだろうと思った。
それと同時に寂しさも感じた。私だけの母が私だけのものではなくなってしまう寂しさ。
高校を卒業した私は地元の自動車部品工場に就職した。地元ではそれなりに大きな会社で知名度もある。一人娘の私が地元では優良企業と呼ばれる会社に就職が決まり、私より母の方が大喜びして父を呆れさせた。
そしてわたしは20歳を迎え、その翌年に二人は籍を入れた。それが約一年前。
今、私は22歳。相変わらず父と母の二人はラブラブで仲がいい。
血の繋がりのない私を大切にしてくれる父を私も大事にしたいと思う。
なんの不満もない幸福な家庭。満ち足りた家族の愛。私は大人になって初めて心の平安というものを知ったように思う。
人の愛とはこんなにも穏やかなものなのか。それを知った。
お正月のバーゲンで買ったばかりの白いバックの中で携帯が振動しているのがわかる。
窓側に置かれたベットに腰掛けてから携帯を見ると、直太からのメールだった。
「仕事終わった~今から呑み行くところ♪ほのかちゃんとまだ呑んでるの?」
くたくたになった直太を想像しながらメールを返す。
「今、帰ってきたところ」と打っていたら、直太から電話が来た。
「メール送ってきたのになんで電話してくるのよ」
苦笑いで電話に出る。
「もしもし?仕事終わったの?」
『いまちょうど終わったよ。君子は家?』
「私も、いま帰ってきたとこ」
『帰ってくるの早かったね』
直太はわたしの働いている会社の親会社で営業をしている。
わたしが今の会社に入社して半年くらい経ったころ、直太から連絡先を聞かれてそれが付き合うきっかけだった。
「ほのかがね、彼氏と会いたそうにしていたから、早く帰してあげたの」
『へぇ、ほのかちゃん彼氏できたんだ。ずっといないって言ってたのに』
「そうなの、いつのまにできたのやら」
『俺としては、ほのかちゃんに君子を取られないで済んでほっとしてるけどね』
「ええ?」
『これで君子を独り占めできる』
「何よ……、恥ずかしいこと言わないでよ!」
『ふふっ、わざと恥ずかしがらせようとしてるのっ』
3歳上の直太は出会ったときから優しかった。最初は下心からかな、とも思ったけれど、付き合って3年経つ今でも直太優しさは変わらない。むしろ出会ったとき以上に私に気を遣い、案じてくれている。
『それにほのかちゃん、呑むと酒乱になるからね。これで不安が無くなった』
「もー、それは忘れてあげてよ!」
恐らく去年の年末、3人で呑んだ時のことを言っているんだろう。
酔いに任せ散々、私と直太に絡みまくり。酔い醒ましの締めのラーメンを食べに行ったら、トイレから中々戻ってこず。心配した私が様子を見に行くと洋式便所に頭を突っ込んで寝ていたという20歳の女子にあるまじき行動を巻き起こした前科がほのかにはある。
その後は反省して量を呑むことは無くなったが、今だに酔うとおっさんのように周りに絡み、最終的に泣く。
「俺がいる時はいいけど君子だけだと、やっぱ心配だからさ」
『ほのかだってもうあんなことしないわよ』
「そうだけどさ、彼氏としては心配なのさ。近くにいなけりゃ何もできないからね。だから、大変だって思うことがあったらなんでも俺に相談するんだよ?」
『ありがと』
大切に想ってくれる彼氏がいる。暖かく見守ってくれる両親も親友もいる。給料も周りの同年代と比べたら多く貰っている方だ。
『恵まれている』
だから何に不満があるというのだろう。
『不満?』
いいえ。不安なのか。この幸せが長く続かないと。
『幸せ?』
私は幸せなのだろうか。
『私は、幸せなのだろうか?』