Temps tendre -やさしい時間-
19時50分。
こずえは駅裏にある喫茶店「Temps tendre」を探した。
「え~、なんで見つからないの?」
同じところをウロウロとしていると野中慎が歩いているのが見えた。
「どうしよう。なんか迷子みたいで恥ずかしいかも」
こずえはすばやく物陰に隠れ、野中慎が店に入るのを確かめてからその後入ろうと思った。
野中慎はどんどん近付いてきた。
こずえは見つかりそうでドキドキした。
こずえの横を通りすぎるだろうと思い、下を向いて目を閉じ、息を止めた。
「行くぞ」
野中慎が立ち止まり、こずえに向かってそう言った。
「あ、あの、別に隠れてたわけじゃ……」
こずえはゆっくりと立ち上がると、野中慎の顔を見ずに言った。
「喫茶店、わかりづらいとこにあるから。行くぞ」
野中慎はくるりと反対方向を見るとスタスタと歩きだし、こずえもアタフタとついて行った。
喫茶店は通りから少し入ったところにあり、間口が狭く看板も小さかったので、こずえひとりでは見つけるには難しいところにあった。
「すいません、迎えにきてもらって」
こずえはおてふきで手を拭きつつ、小さくなって言った。
「ああ、いいよ。多分わからないだろうと思って通りにいたんだ。そしたらお前がウロウロしてるのが見えたから」
思い出したように野中慎はプっと拭きだした。
「それなら早く声をかけて下さい」
こずえは頬を膨らませ、スネた顔を見せた。
「悪い悪い。なんか見てたら面白くて」と、野中慎がやさしい笑顔をした。
「そうそう。この喫茶店なんて読むんですか?」
「あぁ、俺も最初読めなくてマスターに聞いたんだ。タンタンドルって言うらしい。フランス語で『やさしい時間』って意味なんだって」
「タンタンドル。やさしい時間」
こずえは野中慎の言った言葉を繰り返すと、なんだかほんわりと胸が暖かくなった気がした。
「ここさぁ、焼き菓子がうまいんだ。俺のお気に入りの喫茶店。お前に教えておきたくて」
野中慎は狭い店内を見回した。
店内は明治時代の頃を想わすような重厚感のある木造の内装で、机や椅子も年代物らしく、古いものではあったが手入れが良くされいるので汚さは感じない。
全体的に薄暗く、高校生がワイワイ騒ぐと怒られるような所、いわゆる大人の空間だった。
天井には大きな羽が三枚付いた扇風機がゆっくりと回って、上の空気を循環させていた。
「いい雰囲気の喫茶店ね。それにいい匂いがする」
こずえは眼を閉じ、ゆっくりと胸一杯に空気を送り込んだ。
こずえは駅裏にある喫茶店「Temps tendre」を探した。
「え~、なんで見つからないの?」
同じところをウロウロとしていると野中慎が歩いているのが見えた。
「どうしよう。なんか迷子みたいで恥ずかしいかも」
こずえはすばやく物陰に隠れ、野中慎が店に入るのを確かめてからその後入ろうと思った。
野中慎はどんどん近付いてきた。
こずえは見つかりそうでドキドキした。
こずえの横を通りすぎるだろうと思い、下を向いて目を閉じ、息を止めた。
「行くぞ」
野中慎が立ち止まり、こずえに向かってそう言った。
「あ、あの、別に隠れてたわけじゃ……」
こずえはゆっくりと立ち上がると、野中慎の顔を見ずに言った。
「喫茶店、わかりづらいとこにあるから。行くぞ」
野中慎はくるりと反対方向を見るとスタスタと歩きだし、こずえもアタフタとついて行った。
喫茶店は通りから少し入ったところにあり、間口が狭く看板も小さかったので、こずえひとりでは見つけるには難しいところにあった。
「すいません、迎えにきてもらって」
こずえはおてふきで手を拭きつつ、小さくなって言った。
「ああ、いいよ。多分わからないだろうと思って通りにいたんだ。そしたらお前がウロウロしてるのが見えたから」
思い出したように野中慎はプっと拭きだした。
「それなら早く声をかけて下さい」
こずえは頬を膨らませ、スネた顔を見せた。
「悪い悪い。なんか見てたら面白くて」と、野中慎がやさしい笑顔をした。
「そうそう。この喫茶店なんて読むんですか?」
「あぁ、俺も最初読めなくてマスターに聞いたんだ。タンタンドルって言うらしい。フランス語で『やさしい時間』って意味なんだって」
「タンタンドル。やさしい時間」
こずえは野中慎の言った言葉を繰り返すと、なんだかほんわりと胸が暖かくなった気がした。
「ここさぁ、焼き菓子がうまいんだ。俺のお気に入りの喫茶店。お前に教えておきたくて」
野中慎は狭い店内を見回した。
店内は明治時代の頃を想わすような重厚感のある木造の内装で、机や椅子も年代物らしく、古いものではあったが手入れが良くされいるので汚さは感じない。
全体的に薄暗く、高校生がワイワイ騒ぐと怒られるような所、いわゆる大人の空間だった。
天井には大きな羽が三枚付いた扇風機がゆっくりと回って、上の空気を循環させていた。
「いい雰囲気の喫茶店ね。それにいい匂いがする」
こずえは眼を閉じ、ゆっくりと胸一杯に空気を送り込んだ。