たった一つのお願い
そして少しすると春陽のお父さんがやって来た。
現在朝の8時。
手術は10時から始まる。時計は嫌でも刻々と時間を刻む。
「あの、昨日は失礼しました」
俺は彼が席に座るなり、立ち上がって頭を下げた。
「?……あ、あぁ…もしかして私の訪問時に寝ていた事かい?
あまり気にする程じゃないよ。理央君はそんなに気を遣わなくても良いから」
「しかし……」
「まぁ、婚姻届に私は同意したんだから家族みたいに思ってくれても構わないさ」
「…………」
どうやら春陽のお父さんに悪気は無いようだが、そのネタはあまり触れて欲しくなかった。
春陽のお父さんが了承しても本人が了承してくれなければ何もならない。どうせあの紙も捨てたのだろう。春陽の病室にはどこにも無かったから。
世話の時に引き出しから取り出してタオルを換えたり布団をかけ直したりしたが、見当たらなかった。
「あ、そうだ!
二人とものど乾いてない?お水飲む?」
――…彼女から無理に話題を逸らされたという事は俺の考えがますます……もう止めておこう。
こんな日にさらに負の気持ちを増やしたくはない。