たった一つのお願い


何か言わなければならないのは分かる。
でも、それが見つからない。見つけられない。一体どうすれば…




「…だからね、帰ろう」




そうして彼女はまた悲しげに微笑んだ。
あの、初めて春陽が俺の前で泣いたあの日のように。


くそっ…


しっかりしろ、俺。



こんな時、テレビのヒーローや、どこかのヒロインの男ならすぐさま甘い言葉で和解したり誤解を解いたりするんだろう。
だけど現実は甘くない。こんな時、何も言えなくなる。俺には弁解したりフォローしたりした事なんて生まれてこの方一度もないんだ。


ため息を吐いたのは事実だ。だけどそれは春陽の勘違いだと言えば済む話だと言うのも分かる。それでも、そんな言葉はただの言い訳にしか聞こえないんじゃないだろうか?

こんな、自分の気持ちが見つけられないまま伝えても、彼女に真意が伝わるわけがない。


それに俺自身――――…





「私、理央が楽しくない旅行なんて楽しくないから…」





あぁ、そうか。漸く分かった。



俺自身、否定出来ない部分があったんだ。

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