たった一つのお願い
「理央、笑って…?」
――――何故、なんだ。
私を抱きしめてとか
キスをしてとか
一生忘れないでとか
そんな最期くらい我儘を言えば良いじゃないか。
笑う事なんて簡単だ。誰でも出来る。
必要のない時でも俺はやってきた。
いつも嘘で固められた笑顔を張り付けてきた。
それなのに、
どうして俺の口角は上がらない?
気持ちとは反対に目から溢れる液体は止まってくれない?
それを流すという事は、彼女が――春陽の命がもうそこまでなのだと認めてしまう事になるんだぞ。
俺は男で年上で、こんな人前で醜態を晒すなんて許される行為じゃないのに。
それ以前に、俺は医者で、こういう患者さんの場面に何度も直面しているはずなのに。
そして何より、言葉を発する事さえ辛い彼女が望んでいるのは俺の笑顔だ。
『私、理央の笑った顔好き』
幾度となく言われた言葉。
彼女の最期の願い。
―――――だけどその時、結局俺は
泣き笑いしか出来なかった―――――…
俺は…なんて無力で情けない男なんだろうか―――…?