愛屑-短編集-
あの人には帰る場所がある
ベッドに体をあずけ揺さぶられながら私に覆い被さるオジサマの顔を見る。
年齢よりもずっと若く見え、程よく引き締まった体。
きっと学生のころは今以上にかっこよかったんだろうなあ、とぼんやり思う。
だんだんと動きが激しくなるにつれて私もいかにも感じてますよーって声をだす。
安っぽいベッドのきしむ音を聞きながら私はなにやってんだろうと考える。
まあ、答えははっきりしていて100パーセント不倫なのだから今やっていることは不倫で間違いないのだけれども。
いつもこの時間は考えてしまう。
なんでこんなことしてんのかなあって。
きっかけはよく覚えていない。
いや、思い出したくないだけかもしれないが。
自分よりも一回りも年上のこの人と数え切れないほど会って、食事して、無意味な行為を続けている。
確実なことはこのダンディーなオジサマには奥さんがいるってこと。
だから私は不倫相手。
相手に奥さんがいるのがわかっているのにこんなことを続けるなんて罪悪感はないのか?と聞かれれば私は胸を張って答えるだろう。
罪悪感などないって。
私はただ誘われただけだから。
今までだって私から誘ったことなんてないし。
お金ももらったことないよ。
ただおいしいお食事をしてホテルに行くだけ。
時々プレゼントはもらうけどそこに愛なんてないんだし。
ほら、今だってもうやることやったら帰る準備。
シャワーに入ってスーツを着て。
「また連絡する。泊まっていってもいいから」
オジサマはそう言い部屋から出て行く。
出て行くとき右ポケットからシンプルなデザインの指輪をだしているのが見える。
左手の薬指にはめるそれ。
できればドアをしめてからだせよ、なんてちょっと思うけどまあ、私には関係ない。
関係ないって思うのにここで1人になるたびにむなしくなるのはなんでだろうか。
あの人には帰る場所がある
(寂しい、なんて言えないよ)