荒れ球リリーバー
「それでも、青枝先生を引き留めたかった」

私を飲めない酒で酔わせて、断る隙を与えないように仕向けたと彼は話した。

「でも、もう諦める」

「昨夜、思い知らされたんだ」と須永先生は、自嘲の笑みを浮かべる。

ずっと掴んでた私の手は、気付けばいつの間にか解放されていた。

「思い知らされた?」

聞き返す私に彼は頷いて、テレビ画面に映る今日も力投しているあいつに視線を這わせた。

「俺は、高岡に勝てそうもない」

背番号63の投球姿を見る須永先生は、悔しげに唇を噛み締めていた。

「この店もあいつと来た事あるんだろ?」

彼の視線を追えば、店内に飾られた沢山の色紙の内一枚に辿り着いた。

二人で訪れた時、サウスポーのあいつが書いた少し癖のある文字。

「青枝先生の心は、高岡の物なんだな」

全力投球する誠一郎を横目に呟いた言葉。

セイを想って止まない私の気持ち。須永先生は、見抜いてたんだ。
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