主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
若葉はほとんど泣かず、ほとんど笑わない。

最初は病を疑って心配したのだが、どうやら大人しい性分らしいとわかると、息吹はなんとか若葉を笑わせてやろうと毎日あの手この手を使って四苦八苦していた。

だが父代わりの銀が抱っこすると途端にへにゃっと笑うことがあり、特に長い尻尾がお気に入りのようで、眠っている時も尻尾を掴んだまま離さないこともままあった。


「銀さん、若葉を置いて行っても大丈夫?おかゆさんの作り方は?あ、そうだ、母様にお願いすればきっと預かってくれるから」


「こっちのことは心配せずに楽しんで来い。ひとつ言っておくが…潭月は曲者だからな。まあ息子がこれだから、曲者でないわけがないか」


「……」


「へえ、面白い人なの?ちょっと調子に乗りすぎてお饅頭沢山作っちゃったから銀さんたち食べて行って。みんなもどうぞ」


百鬼がおお、と声を上げて饅頭と団子に群がり、息吹は銀の腕の中で眠ってしまった若葉の髪を撫でてやると、まだ仏頂面をしている主さまの腕を組んで頬を摺り寄せた。


「…な、なんだ」


「楽しみだね、主さま。鬼八さん騒動があった時はゆっくりできなかったけど、また温泉に入れると思う?みんなで入れたらいいな」


「…村の外れに温泉が湧いている。ふ、2人でなら…」


「あっ、雪ちゃん大丈夫!?むせるほど急いで食べなくっていいのに」


勇気を出して“2人きりで温泉に入りたい”と言うところだったのに――またもや雪男に邪魔をされてしまった主さまは、ひそりと笑っている晴明に煙管を投げつけて憂さ晴らしをした。


「おお怖い怖い。息吹、十六夜と喧嘩をしたならばすぐに戻って来るのだよ。十六夜よ、八咫烏の目は私の目と思うがよい。私は全てを見ているからね」


「……ゆっくりできないじゃないか」


「邪魔はせぬ。火急の要件があれば八咫烏の口を使って話すことはあろうが、極力そなたの邪魔はせぬよ」


「…」


結局高千穂へ行っても晴明の目からは逃れられないと知ってがっかりした主さまは、にこにこしている息吹の手から饅頭をさらって食べると、腰を上げた。


「行って来る。今夜ゆっくり眠っていないと本気で怒るからな」


「はい。主さま、みんな、行ってらっしゃい!」


百鬼たちが息吹に手を振りながら主さまの後に続いて空を駆け上がる。

明日は高千穂へ――


主さまの父母に会える喜びに打ち震えながら、晴明たちと楽しい夕餉を食べた。
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