主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
主さまはしょっちゅう怒っているけれど、大抵は怒っているふりだと息吹は知っている。

だが最近は寝不足感が否めなかったのは確かなので、明日の準備を整えると言われた通り床に横になって若葉を抱きしめた。


「若葉が私と主さまの赤ちゃんだったらよかったのにな」


瞬きをしているのかと疑うほど瞬きをしない若葉がへらっと笑ったので嬉しくなって餅のような頬をぷにぷに触っているうちに、睡魔が襲ってくる。

元々主さまのものだった部屋に無断で入って来る者は居ないので、この部屋なら自分の時間をゆったり持つことができる。


――主さまと夫婦になってからは、平安町には行っていない。

平安町の晴明の屋敷には帰らない覚悟で嫁いできたのだから、この部屋がこれから安らぎの場所となるのだ。


「うん……むにゃ……」


若葉よりも先に息吹が眠ってしまい、若葉も続くように眠りに落ちる。

主さまが隣で寝ない夫婦生活はまだはじまったばかりだが、いずれ子供ができて主さまの跡を継いだらゆっくり暮らすことができるのだ。

それを夢見ながら眠っていると――


「息吹、起きろ。…こいつぐっすり寝てるな」


「……ん……。……え?あ、主さまっ、お帰りなさい!」


寝ぼけ眼のままむくりと起き上がった息吹は、呆れ顔の主さまの腕に抱き着いて嬉しそうに笑った。

本当は主さまをちゃんと出迎える予定だったのに…予定は狂いっぱなしでまた反省していると、主さまは襖を開けて空気を入れ替えて、白々と夜が明けてくる空を見上げた。


「顔を洗って着替えて準備しろ。もう発つぞ」


「うんっ。でもその前に一緒に朝餉を食べようねっ。母様、母様ーっ」


山姫の姿を捜して台所へ行った息吹を見送った主さまは、小さな足音が近付いて来る気配を無視して懐から煙管を取り出して吹かした。


「主さま、俺も…」


「しつこい。晴明の目があるだけでも鬱陶しいのにお前がついて来るとさらに鬱陶しくなる」


「ちぇーっ!主さまなんか俺が元の姿に戻れたらまた息吹を口説いて右往左往させてやるからな!」


「なんだと?この餓鬼…」


かちんと来て睨みつけようとしたところに息吹が戻って来たのでさりげなく視線を逸らして庭の花を見るふりをした主さまは、雪男が息吹にまとわりつく気配に辟易しながら、晴明の目があっても里に戻ればいちゃつこうと固く決めて、なんとか見過ごしてやった。
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