主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
恐らく潭月と周は明日にもここへやって来るだろう。

胡蝶が両親に会いたくない気持ちもわかるし、長年凝り固まっていたどろどろした感情をどうすればいいのか悩む気持ちもわかる。

だがここまで逃げ続けていれば解決しないし、息吹は胡蝶をこのままにさせておくつもりもないはずだ。

唇を噛み締めている胡蝶の隣に座った主さまは、はらはらしている息吹に大丈夫だと笑いかけて肩を肩で押した。


「息吹が心配している。俺も心配だ。もし潭月や母上がお前を傷つけるようなことを言うならば、俺が必ず守る。だから好きなだけ滞在していけ」


「……必ずと言い切れるの?」


「言い切れる。息吹、今夜は盛大にもてなしてやれ」


「はい!父様も泊まっていくでしょ?あのね、そういえば銀さんから赤ちゃんを預かってるの。若葉っていう女の子でね、可愛いの。ちょっと連れて来るね!」


雪男に付き添われて客間を出て行った息吹は本当に嬉しそうで、胡蝶はそれを羨ましく思いつつも主さまが丸くなった理由をそこに見出した。

触れれば切れるような鋭い男だったはずの弟は今、妻を得て子にも恵まれてのんびりしている。


…自分が入り込む余地などひとつもない。


「…この前実家に帰った時、息吹は母上にたいそう気に入られていた。俺は母上がお前を気にかけていたことを知っているし、素っ気なくしてはいるが本当の娘と思って育てたお前を案じていた。明日は親孝行をしてやれ」


「…お前に命令されるとなんだか腹が立つわね。……いいわ、やってみようじゃないの。…必ず私を守って」


「わかっている。…ああ、連れて来たぞ」


すやすや眠っている若葉を抱っこして戻って来た息吹は、すでに母親の顔をしていた。

銀が育てているという人の子は可愛らしく、いつも独りで行動しては人と接する機会も持たなかった胡蝶を和ませて若葉の頬を撫でる。


「可愛いでしょ?私と主さまの赤ちゃんもすっごく可愛いといいな。ね、主さま」


「ああ」


「おお、胡蝶じゃないか。なんだその腑抜けた面は。憑き物でも落ちたか」


「お前は相変わらずね。人の子など育ててどうするつもりよ」


「暇潰しだ。だが成長してゆく様を見守るのは面白いものだぞ」


早速銀のふわふわの尻尾に夢中になっている息吹にまた笑みを誘われた胡蝶は、懐から手鏡を取り出して憑き物が落ちた自身の顔を覗き込んだ。
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