主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
ひとつの床で一緒に寝ることになってしまった胡蝶は、横になった瞬間息吹が爆睡してしまったので、警戒心の無さに思わず呆れたため息をついた。


「十六夜が心配するわけがわかるわ…」


今までの経緯をかいつまんで晴明に教えてもらったが――とことん変わった娘だと言う印象は変わらない。

食うために育てられたと脅されて幽玄町を逃げ出した気持ちもわかるし、けれど再び自分の意志で幽玄町に戻ってくるとは。

身分を隠したり姿を消したりしてまで息吹を守ろうとした主さまは以前はそんなに優しい男ではなかったし、美しく成長した息吹を放置できなくなってしまったのだろう。


「…本当に残念な弟だわ…」


「……むにゃ…」


寝相が悪いと聞いていたがそうでもなく、ただ腕に抱き着いてきたので振り解くこともできずに仕方なく目を閉じると、息吹の体温が移ってきてうとうとしてしまった。

そして気が付けば、あっという間に朝に――


最初に起きたのは胡蝶で、庭から物音がしたので身体を起こすと気配を殺してじっと様子を窺った。

足音は2つ分――

とうとうやって来たのだと思うとじわりと手に汗が滲み、大広間を通って縁側に出て数百年ぶりに会う両親と対面した。


「…おお?お前が何故ここに?久しぶりだな」


「……色々あったの。息吹ならまだ寝ているわ」


周の手を引いて目の前に立った父…潭月は、笑っていた。


力が無いと否定されてどれだけ傷ついたか――その痛みは未だに癒えていない。


潭月はそれを忘れているのではないかという態度で縁側に腰掛けて主さまの帰還を待ちながら空を見上げる。


「孫ができたと聞いて文字通り飛んで来た。お前のことだろうからどうせ十六夜とひと悶着あったんだろう」


「…しがらみは捨てたわ。今は息吹と親しくさせてもらっているし、これ以上迷惑はかけないと約束したもの」


「ほう、お前も息吹を気に入ったか。周、何か言うことはないか」


ずっと黙っていた周は扇子で顔を隠したままだったが、ちらりと目だけ見せて頬を緩めてわらったのがわかり、胡蝶は緊張して義母を見つめる。


「…達者だったか?」


「……ええもちろん。…母上は?」


「もちろん達者だとも。ちなみに…母と話すつもりがあるならば、茶でも淹れてやる。いかがじゃ」


「…頂きます」


たどたどしくも会話が成立して、周が台所へ消えて行く。

息吹は柱の影からその様子を盗み見してにこにこしていた。
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