主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
若葉を膝に乗せてあやしていると、周がふらりと立ち上がって台所へ行ったので思わず隣に座っていた主さまの着物の袖を引っ張って慌てた。


「き、綺麗にしてるつもりだけど…汚いって言われたらどうしよう」


「…母上がここに住んでいた頃は台所に蜘蛛の巣が張っていたこともある。だから問題ない」


主さまが跡目を継いでからは百鬼に加わった山姫が屋敷を毎日掃除していたため驚くほど綺麗になり、その後息吹も加わったので潭月たちが暮らしていた頃とは見違える有様になっていた。

息吹は心配していたが非の打ちどころがないのは確かなのにやにやしている潭月を睨みつつ茶を飲んでいた主さまの元に周が戻って来た。


「綺麗じゃ。重箱の隅を突いてやろうと思っていたのじゃが…わたくしの方が突かれそうじゃ」


「そ、そんなことしませんっ。でもお腹が大きくなったら普段できてたこともできなくなるし…」


「そういうのは山姫と雪男にやらせろ。何のために百鬼夜行に出さず屋敷に残していると思っているんだ」


百鬼夜行に出ると、空になった幽玄町を襲いに来る馬鹿な輩が時々現れる。

そのために実力のある山姫と雪男を残しているので、息吹の役に立ってもらわなければ困るのだ。


指名された2人が緊張を帯びた瞳で頷くと、周はあろうことか――いきなり息吹の胸を鷲掴みにした。


「!?きゃ、きゃーっ!?お、お義母様!?」


「ふむ、早々大きくはならぬか。心配いたすな、今に膨らんで大きくなる。子を産めば萎むが」


「な…な……な…っ」


絶句してわなわなしている主さまをからかうことに至上の喜びを見出す潭月と周と胡蝶。

雪男も顔を真っ赤にして庭で棒立ちしていたが目を逸らすことなくばっちり見ている。


「お、俺…溶けそう!」


「どれどれ、では俺も……」


「ふざけるな助平親父が!殺すぞ!」


主さまに凄まれて渋々息吹に伸ばしていた手を引っ込めた潭月は、笑い声を上げている百鬼たちを眺めてうんうんと頷く。


「うまくまとまっている。お前に早々跡目を継いだおかげで俺は悠々自適の隠居暮らしだ」


「…俺も直にそうなる」


「どれ十六夜、どうだ父と散歩でもしないか」


嫌だと言いたかったが、息吹と目が合うと行って来いと目だけで訴えられたので渋々小さく頷いた。
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