主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
1か月後、息吹のつわりはすっかり治まった。

それまでは大人しくしていたので主さまもご機嫌だったが――つわりが治まるなり、再びちょこまかと動いて掃除をしたり台所へ立つ回数が増えたので、主さまのお小言は仕方なくも再び連発気味に。


「…息吹、俺の言うことを聞け」


「ちゃんと聞いてるしわかってるから大丈夫」


「…じゃあお前は今からめかしこんでどこへ行こうとしているんだ?」


「え?えーと…ちょっと…幽玄橋まで…」


お気に入りの薄桃色の着物と蝶の刺繍をあしらった白い帯をして薄化粧を施した息吹の前で仁王立ち状態の主さまは、目を泳がせている息吹の顎を取って上向かせると、瞳の奥をじっと覗き込む。

恥ずかしくなった息吹が主さまと目を合わせないようにきょときょとしていると、とうとう最後の譲歩手段が口にのぼった。


「俺も一緒に……」


「駄目。主さまが一緒に行くと話すことも話せなくなるから」


「…誰が会いに来る?」


「うーんと…道長様とか…義経さんとか…相模とか?」


「……全員お前に惚れている連中じゃないか。…会う必要などない」


やきもち千万な主さまに呆れ果てながらも内心それを嬉しく感じつつ、尻尾をふりふりしながら待っている猫又を指して笑顔を振りまく。


「ひとりじゃないから。猫ちゃんと一緒に行くから安心して。あ、上からは父様の式神さんが飛んでて見守ってくれてるかも」


「………すぐ戻って来い。遅くなれば俺が迎えに……」


「すぐ帰って来ますっ。猫ちゃん、行こっ」


「主さま、過保護すぎにゃ。僕がちゃんと見張ってるにゃ」


猫又も一応立派な大妖で、百鬼の中でも力のある部類の妖だが…主さまは息吹のことになるととことん過保護になる。

二又に別れている尻尾の片方をしっかり握った息吹が屋敷を離れると、それまで上空を飛んでいた晴明の式神が息吹の歩いて行った方角へふわりふわりと飛んで行った。


「…あいつは身籠っているんだぞ。もし転んだりすれば…」


「猫又じゃないですけど、主さま過保護すぎますよ。そんなんじゃ本当に息吹に見捨てられますよ。潭月様の予言が当たっちまいますねえ」


「……」


ぷいっと顔を背けて煙管を噛んだ主さまは、それから息吹が帰ってくるまでずっといらいらしっぱなしだった。
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