主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「周よ。なんだか俺の息子が可愛らしくなった」


「…気味の悪いことを言うな。なんなのじゃ、わたくしはひとりになりたい。即刻出て行け」


周が籠もっている自室は周の許可なく入ってはいけないのだが、潭月は気にも留めずに許可なく部屋に入ると、段差の下に座ってあぐらをかいていた。

…台所からは何やら物音がしていて、見に行ってみると、息吹が何やら料理を作っている。

そして隣りの居間にあたる部屋には主さまが本を片手に座り、時折様子を見るように台所を見ていた。


本来――こんな風に誰かの傍に居たりすることがない息子だったので、潭月はその変化に驚きを隠せないでいた。


「嫁を貰うとあんな風に変わるものなのか?」


「お前の時はどうだったのじゃ。わたくしを唆して騙して妻にした挙句、何か変わったか?」


扇子を閉じてすうっと瞳を細めた周は凄まじく美しい。

潭月は主さまそっくりの顔に甘い微笑を湛えると、じわりと段差に手をかけた。


「唆してもいないし騙した覚えもないんだが?お前が俺に嫁いでからここは変わったじゃないか。あれも生まれたし、だからこそ俺はここで隠居生活ができる」


「とにかく。十六夜に干渉しすぎるでない。お前…嫌われていることにそろそろ気付いた方がいいぞ」


「嫌われてなどいないとも。あれは照れているだけなのだ。さて、今夜は早めの夕餉になるぞ。十六夜が百鬼夜行に出る前に食うらしいからな」


「腹など空いておらぬ」


「少しは気を遣え。あれが見たこともない顔をするのをお前も見たいだろう?」


耳を澄ますと、息吹と主さまが何やら楽しそうな会話をしているのが聞こえる。

周としても一人っ子の主さまを自分なりに愛して立派に育てた自負があるが、何分表情はどちらかといえば乏しい方だった主さまを心配したものだ。


「…そんなに違うのか?」


「我が目で見た方がいい。あれは…変わった」


見つめ合う…いや、睨み合っていると、何者かが廊下を歩く気配がした。

それは部屋の前で立ち止まり、どこか怖ず怖ずとした声で周たちに声をかけた。


「あの、息吹です。お食事ができたのでよかったら一緒に…」


「おお、今すぐ行くとも。ん、何やら良い匂いがする」


襖を開けると、正座していた息吹がにこっと微笑んだ。

なんとくだが、息子が惚れた理由がわかった気がした。
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