主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
百鬼たちにとっても人は食べ物でしかないが、主さまと契約を交わした際に何の理由もなく人を食うことは強く禁じられていた。

そして主さまの思想に共感して力を与えてもらうこと――それが彼らの誇りであるが故に、ひとつの村からまるごと人が消え去った事実にやりきれなさが込み上げたが一応見て回る。


「…火を放つ。そらに燃え上がる炎に導かれて成仏するといいが…」


「やけに感傷的だな。奴らたらふく食った後はどうすると思う?また違う村を襲って廃村にするか?」


主さまの命令通り、百鬼たちが空になった村に火を放つ。

隣村は山ひとつ向こうの離れた場所にあるため、この事態に気付くまで時間がかかるかもしれない。

また主さまは百鬼を小隊に分けて分散させた。


「この近くの村を見て回れ。妙な動きをしている奴があれば迷わず殺せ。人質を取って吐かせる必要はない。殲滅だ」


――珍しく主さまの語気が強いのは、息吹の存在があるからだと皆が知っている。

酒呑童子一派が南下してくれば…間違いなく連中は幽玄町にやって来るだろう。

橋を一つ隔てた場所には都があるし、あわよくばこの国を妖だらけの国にして制圧してしまうかもしれないのだ。


もしどこかで息吹のことを知ったのならば…必ずやって来るだろう。


「……俺はもう戻る。銀、指揮はお前に任せた」


「ああ、任せておけ。なあ十六夜」


銀は火の粉が舞う漆黒の夜空を見上げながら呟いた。


「俺もお前も、人は食い物ではなくかけがえのないものとなった。それを奪おうものなら俺とて容赦はしない。ああそうだ、今夜若葉は息吹と一緒に寝ているはずだから子守りを頼んだぞ」


「……わかった。では行く」


子が産まれるまではなるべく息吹の傍に居てやりたくて早めに切り上げることにしている。

百鬼もそれを快諾してくれたし、また産まれるのを楽しみにしてくれているので精神的にもかなり助かっていたが――


「晴明も居るし、まあ心配するな。早く行け」


尻尾をぴょこぴょこ動かして急かす銀に頼んだ、と呟いた主さまは一路幽玄町へ戻って息吹の不安を和らげる。


平穏を脅かす存在の足音に気付いた今となっては、全力を賭して守らなければ。


産まれてくる子のために、平穏な日々を――
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