主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
息吹は空を駆ける牛車の中で、晴明の耳と尻尾に注目していた。

術で隠しているとは聞いていたが…こうして隠さずにいることにもきっと意味があるはずなのだ。

…自分のことを労わってくれて守ってくれようとしている父代わりの晴明――


これから見るであろう光景は、ある程度の覚悟を決めて臨まなければならないのだと思うと気が張りつめて、膨らんだ腹を撫でて深呼吸をする。

主さまは…一体何をやっているのだろうか。

やむを得ない事情があるのならば、せめてそのことだけでも伝えてくれたらずっと待っていてあげられたのに。


「息吹…事が済んだら一旦私の屋敷に来るといい。そのまま滞在して出産するもいいね。…幽玄町に戻るか戻らぬかはそなたが決めなさい」


「…はい。父様がそんなに念を押す位なんだから…きっと……」


それっきり言葉を詰まらせて俯いてしまった息吹の肩を晴明が抱き、反対側に座っていた銀が無言で息吹の頭を撫でつつ尻尾で固く握りしめられている息吹の手をくすぐる。

まだ一体何が起こるのか…何を見るのか全く想像できない息吹は、今日はやけに頻繁に蹴ってくる腹の中の我が子を愛しむように何度も撫でては、大丈夫だよと声をかけていると――牛車が止まった。


「…着いた…の…?」


「ああそうだよ。今まさに上空だ。息吹…これを被りなさい。以前にも被ったことがあるやつだよ」


「あ…これは姿隠しの…」


幼い頃、主さまに食べられると晴明に聞かされて幽玄町を脱出した時に頭に被った金色の羽衣。

さらさらの手触りな羽衣を広げて晴明と共に被ると、銀はむっつりして牛車から出るのを拒んだ。


「十六夜がこちらに気付いた後ここから出る。…息吹、行って来い」


「うん…」


晴明は半妖故に主さまたちのように空を浮くことができるので、息吹を抱き上げると牛車から出て外に出た。

そして息吹は眼下に小さな神社があるのを見ると、じっと目を凝らす。


「私が今から十六夜に殺気を向ける。私の殺気に気付けば十六夜は外に出てくるだろう。…そして自身の目で確かめなさい」


「…はい。父様…私…怖い…」


「…私や銀がついている。さあ、深呼吸をして目を閉じなさい」


言われた通り、大きく深呼吸をしてぎゅっと目を閉じた。

晴明はそれを確認してから本堂内の主さまに向けて威嚇ではない殺気を叩きつける。


そしてすぐさま――主さまは反応を見せた。
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