主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
外では何か騒動が起きている。
本堂の中に籠もっていた椿姫は、可憐で可愛らしく、腹が大きな女が息吹という名の女なのだと知ると、胸が痛んだ。
主さまが何度も愛を叫んで引き止めようとしつつもそれを許さない妖と思しき男たち。
こうしてここに1ケ月も主さまを引き止めたばかりに、ひとつの愛を壊してしまう――
ずるずると座り込んだ椿姫が両手で顔を覆って苦悩していると、本堂の扉が突然開いて身を強張らせる。
恐る恐る見上げると、ぐったりしている主さまを肩に担いだ狐顔の男が感情のこもっていない声で話した。
「そなたが十六夜を惑わした女だな」
「わ…私は……」
「…今はどうこうするつもりはない。もし何かするつもりであれば、私がそなたを今すぐ殺す」
それが嘘ではないのがその表情でわかる。
こくこくと頷いた椿姫が部屋の端に逃げると、晴明は袖を破って部屋に充満している血臭を嗅がないように口に巻きつけて頭の後ろで縛ると、うつ伏せに寝かせた主さまの首筋に1本の針を打った。
「酷い状況だな、十六夜。このまま放置すればそなたは死ぬ。それを誰が喜ぶ?息吹が喜ぶと思うか?母ひとりで子を育てるというのがどれほど大変なことか…」
針を打った瞬間、主さまは仮死状態になって呼吸が止まった。
そこでようやく椿姫に目を向けた晴明は、口を布で覆ってもなお匂う椿姫に近寄ると、中腰になって低い声で囁いた。
「そなたは何者だ」
「わ、私は…酒呑童子に捕らわれている者です。酒呑童子があの方の名を呼んでしばらくしてからここに現れて…」
「それで十六夜と酒呑童子を対決させようと思いついたのか。…そなたは危険な存在だ。その香り…ここから出ればすぐさま妖に嗅ぎつけられて食われるぞ」
「え……?私は閉じ込められているのでは…」
晴明はそれ以上椿姫に教えてやるつもりはなく、ぐったりとして力の抜けた主さまを再び肩に担いで背を向けた。
出て行こうとする晴明に縋り付いて必死の形相になった椿姫が、叫ぶ。
「どういうことなのですか!?教えて下さいませ!どうか…!」
「……そなたには聞かねばならぬことが山のようにある。…ついて来なさい」
息吹は泣いている。
この女のせいで。
だが解決しなければ、息吹は悲しみから解放されない。
――晴明は懐から1枚の札を出して何かを唱えると、椿姫の額に貼った。
「それを取らぬように。そなたを再び閉じ込めるが、安全は保障する」
「……はい…」
死にたい。
死んでしまえば誰にも迷惑をかけないのに。
だがそれはいつも失敗に終わり、椿姫の絶望は底を知らずに深く深く落ちてゆく――
本堂の中に籠もっていた椿姫は、可憐で可愛らしく、腹が大きな女が息吹という名の女なのだと知ると、胸が痛んだ。
主さまが何度も愛を叫んで引き止めようとしつつもそれを許さない妖と思しき男たち。
こうしてここに1ケ月も主さまを引き止めたばかりに、ひとつの愛を壊してしまう――
ずるずると座り込んだ椿姫が両手で顔を覆って苦悩していると、本堂の扉が突然開いて身を強張らせる。
恐る恐る見上げると、ぐったりしている主さまを肩に担いだ狐顔の男が感情のこもっていない声で話した。
「そなたが十六夜を惑わした女だな」
「わ…私は……」
「…今はどうこうするつもりはない。もし何かするつもりであれば、私がそなたを今すぐ殺す」
それが嘘ではないのがその表情でわかる。
こくこくと頷いた椿姫が部屋の端に逃げると、晴明は袖を破って部屋に充満している血臭を嗅がないように口に巻きつけて頭の後ろで縛ると、うつ伏せに寝かせた主さまの首筋に1本の針を打った。
「酷い状況だな、十六夜。このまま放置すればそなたは死ぬ。それを誰が喜ぶ?息吹が喜ぶと思うか?母ひとりで子を育てるというのがどれほど大変なことか…」
針を打った瞬間、主さまは仮死状態になって呼吸が止まった。
そこでようやく椿姫に目を向けた晴明は、口を布で覆ってもなお匂う椿姫に近寄ると、中腰になって低い声で囁いた。
「そなたは何者だ」
「わ、私は…酒呑童子に捕らわれている者です。酒呑童子があの方の名を呼んでしばらくしてからここに現れて…」
「それで十六夜と酒呑童子を対決させようと思いついたのか。…そなたは危険な存在だ。その香り…ここから出ればすぐさま妖に嗅ぎつけられて食われるぞ」
「え……?私は閉じ込められているのでは…」
晴明はそれ以上椿姫に教えてやるつもりはなく、ぐったりとして力の抜けた主さまを再び肩に担いで背を向けた。
出て行こうとする晴明に縋り付いて必死の形相になった椿姫が、叫ぶ。
「どういうことなのですか!?教えて下さいませ!どうか…!」
「……そなたには聞かねばならぬことが山のようにある。…ついて来なさい」
息吹は泣いている。
この女のせいで。
だが解決しなければ、息吹は悲しみから解放されない。
――晴明は懐から1枚の札を出して何かを唱えると、椿姫の額に貼った。
「それを取らぬように。そなたを再び閉じ込めるが、安全は保障する」
「……はい…」
死にたい。
死んでしまえば誰にも迷惑をかけないのに。
だがそれはいつも失敗に終わり、椿姫の絶望は底を知らずに深く深く落ちてゆく――