主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
主さまに離縁を申し出た息吹は、涙が止まらずひたすら泣いていた。

自分から言い出したことなのに、この悲壮感は一体何なのか――

今でもとても大好きで愛しくて…大切な人と別れを告げるのは、こんなに苦しいことなのか――

黙って隣に居てくれる銀の胸に顔を押し付けて泣きじゃくる息吹は、戻って来ない晴明と…離縁を告げてからまともに顔を見なかった主さまを想ってまた泣きながら嗚咽交じりに銀に問う。


「父、様は……?主さま、は…?」


「…晴明は十六夜と話をしている。それより息吹…お前が別れを言い渡したんだろうが。覚悟を決めていたんだろう?そんなことでは離縁など到底…」


「離縁します。私もう…毎日やきもきしながら暮らせない。離れてる間、主さまがもしかしたら女の人と一緒に居るんじゃないかっていつも不安で…今回だって…!」


「…お前が決めたのなら俺が口出しする筋合もない。…ん、晴明…?息吹、ちょっと待っていろ」


銀がぴくりと耳を動かすと、御簾を上げて外を見下ろした。

そして主さまを肩に担ぎ、椿姫を本堂から連れ出してこちらを見上げた晴明が何事か呟いた声はちゃんと銀に聞こえて、御簾を降ろすと牛車を引いている鬼に命令を下す。


「晴明が先に戻っていろと言っている。行け」


「はい」


「……父様…どうかしたの…?まさか…まさか主さまに何かしたんじゃ…!」


「十六夜のことはもう気にするな。お前とはもう何の縁もなくなった男だ」


「でも…この子の父親です。主さまは?父様に何かされたの?怪我してるの!?」


――やはり息吹は主さまを嫌うことはできないのだろう。

だがこれが最上の決断だと信じて下したけれど、迷っている――

銀は動き出した牛車内で身体をぶつけないように息吹を支えると、泣き腫らして真っ赤になった瞳を純白の袖で拭った。


「後で戻って来るからその時晴明本人に聞けばいい。母の悲しみを受けて子も腹の中で悲しんでいるかもしれないぞ。お前の感情は直接子に響く。そろそろ泣き止め」


「……はい…。銀さん…この子と沢山遊んであげて。主さまの分も…沢山沢山…」


「ああ、もちろんそうさせてもらうとも。さあ、戻って熱い湯に入って休め。俺が傍に居てやる。若葉も連れて来よう」


息吹は銀の袖を掴んで目に当てると、唇を噛み締めた。


主さまはもう、自分に縁のない人になってしまった――


銀に言われた言葉が胸に突き刺さって、抜けずにいた。

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