主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
銀が急いで晴明の屋敷に戻った時、ちょうど息吹が風呂から上がって来た。


身体があたたまって心も解れたのか、少し落ち着いた様子の表情をした息吹は膨らんだ腹を抱えて正座をすると、銀が息吹の身体に羽織をかけて火鉢に火を入れた。


「銀さん、ありがとう」


「気にするな。晴明め、どこまで行っているんだか。お前はそろそろ休んだ方がいい。心身ともに疲れただろう?」


「…私は主さまに離縁を申し出ただけだし何もしてないから平気。ねえ銀さん…この子が大きくなったら…主さまに会いたがると思う?」


「そうだな…死別ではなく父親が生きているとわかれば会いたがるだろう」


素直にそう口にすると、息吹がそっと近づいてきてふかふかの長い尻尾を身体に巻き付けるようにしてくっついてきた。

心細いだろうし、嫌って別れたのではないのだから寂しいに決まっている。

最初おから邪険にするつもりのない銀は、座椅子を引き寄せて息吹を座らせてやると、尻尾をぴょこぴょこ動かして息吹を和ませて手を握った。


「十六夜はさぞ衝撃を受けただろうな」


「…私だって…」


「ああ、お互い様だと思う。お前たちは似合いの夫婦だと思っていたが、仕方がない。あいつはああ見えて意外と女遊びをしてきたからな。俺よりは少ないが」


「私がまだ知らない人もいると思うの。知る度に傷ついて…そんなのもういや」


疲れたように息をついた息吹を問答無用で抱き上げた銀は、息吹がいつ帰って来てもいいようにと毎日息吹の部屋を式神に掃除させていたらしく、床も新品同様だったので、つい笑みが零れた。


「晴明はお前が帰ってきたことを喜んでいるだろうな」


「こんな形で戻って来たくはなかったけど…父様に呆れられてないかな」


「俺の話を聞いていなかったのか?晴明は喜んでいるとも。お前の幸せを誰よりも何よりも願っている男だ」


「うん…私、父様の娘でいられて嬉しい。銀さんもずっと私のお兄さんでいてね」


頷いた銀が息吹を床に寝かせると、言葉とは裏腹にやはり疲れ果てていたのか、息吹はすぐに眠ってしまった。


晴明の代わりに息吹から離れず寝顔を見守っていた銀は、隣に若葉を寝かせて息吹の心の平穏を願う。


「…少し疲れただけだ。お前たちは離縁しない方がいい。十六夜をわかってやれるのは息吹…お前だけなんだからな」


息吹の睫毛が、涙で濡れた。
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