主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
綺麗な緋色の打掛とわずかな小金…

今まで屋敷から出たこともなく、ぬくぬくと育ってきた椿姫にとっては悪夢としか言いようのない状況。

通りを歩く者たちから好奇の目で見られ、何度叩こうとも開きはしない扉。


おかしな身体であることに気付き、妖に襲われてもう死んだと思っていたのに――死んではいない。

両親にも捨てられて、話も信じてもらえず、どうやって生きてゆけというのか?


この小金で…一体何が買えるのだろうか?

いや…むしろこのまま何も食べず、何も食わずにいれば…死ねるのではないのだろうか?


「私……おかしくなってしまった…。こんな身体、違う…私では…」


…だがよくよく考えると、今まで怪我をしたことなどなかった。

両親と使用人たちに恵まれて、小刀ひとつ握ったこともなく……それがこの結末なのだろうか?


「ひどい…私…何も悪いことなどしていないのに…!」


好奇の視線に晒されたことなどない。

立ち止まってじろじろ見られる度に、今まで優雅に扇子で顔を隠して客人たちと話をしていた日々はもう戻って来ないのかと思うと涙が滲んできて、両手で顔を隠しながら屋敷の裏手へと裸足のまま駆けてゆく。


もう戻って来てはいけないと言われたけれど、自分が育った場所…そして知っている場所は、ここしかないのだ。

ここしか……


「死ぬなら…お傍で死にたい…!」


大切に育ててくれた両親は、娘である自分の話を信じてくれなかった。

だが怒りはなく、こんな妖めいた身体のまま生きてゆくのなら死んだほうがいいと思い、それを実行せんと山の入口へと着く。

屋敷の裏手には山があり、この山を所有している名家の出である椿は、脚の裏を傷だらけにしながら息を切らして山の奥を目指す。


「もう食べられたくない…。死ぬなら潔く死にたい…!」


好いた相手の元へと嫁いで幸せに暮らすのが夢だったが――もうそれはどうでもいい。

こんな身体の自分を誰が一体愛してくれるのだろうか?


「お金なのではなく刀を頂いておけばよかった…」


どうやって死のうか。

そればかり考えてふらつきながら歩いているうちに、打掛が木の枝にひっかかって脱げてしまった。



「こんなもの…もう要らない。早く死ねる場所を…」


「お前は何者だ?何故人がこんな山奥に居る?」


「きゃ…っ!?」



突然と目の前に現れたのは、優しそうな顔立ちをした若い男。

椿姫は頬を涙で濡らしながら、男の足元に崩れ落ちた。
< 254 / 377 >

この作品をシェア

pagetop