主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
自分を食ったような恐ろしい姿をした小鬼ではない――
どこをどう見ても人に見えるし、どうして私有地に居るのかとぼんやり考えていたが、もはやそれもどうでもよくなり、そのまま座り込んでいると男から腕を引っ張られた。
「どうしてここに?返事をしろ」
「私は……お父様たちに…見捨てられて……」
「見捨てられた?だがそこに落ちている緋色の打掛は値打ちものだぞ。それにお前は……美人だな」
腰に力強い腕が回されて抱き上げられた椿姫は、今まで男に触れられたことがない。
男性の客人に会う時はいつも衝立を立てているか、扇子で顔をしっかりと隠していたので今の状況は…羞恥のものでしかない。
「お、おやめ下さい…!」
「可憐な。その泣き黒子がいい。見捨てられたのならば、俺が拾ってやるぞ。どうだ」
それもまた晴天の霹靂。
目を丸くした椿姫が抵抗も忘れて優しげな男の顔に見入っていると、男は腰を折って椿姫に打掛を拾わせると、さらに森の奥へと進んで行く。
そして一軒の小さな家にたどり着くと、そこが家なのか中へ入って椿姫を降ろした。
「あなたは…この森の管理人なのですか…?」
「間借りしているだけだ。ああ、そこの押入れは絶対に開けるな。何か食うか?その前に脚の治療をしよう」
「あなたのお名前を教えて下さいませ…。私は椿と申します。あなたは…」
男は戸棚から薬箱を取り出すと、その中から薬草や軟膏を出して、沸かした湯で椿姫の脚を丁寧に洗ってやりながら、名を告げる。
「俺の名は、彼方(かなた)という。大切な名だ。特別にお前には教えてやる」
「彼方…様…私を助けて下さってありがとうございました」
礼を言うと少し気恥ずかしそうに笑った彼方の表情に胸がきゅんとして、軟膏を塗ってくれる細い指を見つめて状況を思い返す。
これからどうしたらいいのか。
ずっと彼方の世話になるわけにもいかないし、せっかく助けられた命なのだから、働き口を見つけて働いて金を稼いで生きてゆかなければならない。
皆そうして生きているのに、その方法すらわからない。
「私はこれからどうして生きてゆけば……」
「なに、俺に任せろ。とりあえず脚の傷が治るまではここに居ればいい」
心強い。
独りではないと知って安堵した椿姫は、深々と頭を下げてまた感謝の言葉を口にした。
どこをどう見ても人に見えるし、どうして私有地に居るのかとぼんやり考えていたが、もはやそれもどうでもよくなり、そのまま座り込んでいると男から腕を引っ張られた。
「どうしてここに?返事をしろ」
「私は……お父様たちに…見捨てられて……」
「見捨てられた?だがそこに落ちている緋色の打掛は値打ちものだぞ。それにお前は……美人だな」
腰に力強い腕が回されて抱き上げられた椿姫は、今まで男に触れられたことがない。
男性の客人に会う時はいつも衝立を立てているか、扇子で顔をしっかりと隠していたので今の状況は…羞恥のものでしかない。
「お、おやめ下さい…!」
「可憐な。その泣き黒子がいい。見捨てられたのならば、俺が拾ってやるぞ。どうだ」
それもまた晴天の霹靂。
目を丸くした椿姫が抵抗も忘れて優しげな男の顔に見入っていると、男は腰を折って椿姫に打掛を拾わせると、さらに森の奥へと進んで行く。
そして一軒の小さな家にたどり着くと、そこが家なのか中へ入って椿姫を降ろした。
「あなたは…この森の管理人なのですか…?」
「間借りしているだけだ。ああ、そこの押入れは絶対に開けるな。何か食うか?その前に脚の治療をしよう」
「あなたのお名前を教えて下さいませ…。私は椿と申します。あなたは…」
男は戸棚から薬箱を取り出すと、その中から薬草や軟膏を出して、沸かした湯で椿姫の脚を丁寧に洗ってやりながら、名を告げる。
「俺の名は、彼方(かなた)という。大切な名だ。特別にお前には教えてやる」
「彼方…様…私を助けて下さってありがとうございました」
礼を言うと少し気恥ずかしそうに笑った彼方の表情に胸がきゅんとして、軟膏を塗ってくれる細い指を見つめて状況を思い返す。
これからどうしたらいいのか。
ずっと彼方の世話になるわけにもいかないし、せっかく助けられた命なのだから、働き口を見つけて働いて金を稼いで生きてゆかなければならない。
皆そうして生きているのに、その方法すらわからない。
「私はこれからどうして生きてゆけば……」
「なに、俺に任せろ。とりあえず脚の傷が治るまではここに居ればいい」
心強い。
独りではないと知って安堵した椿姫は、深々と頭を下げてまた感謝の言葉を口にした。