主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
出会ったばかりの男との二人暮らし――
いまだ見捨てられた衝撃から立ち直っていない椿姫はただおどおどするばかりで、その間に彼方と名乗った男はてきぱきと炊事の支度をして椿姫を驚かせた。
「男が家事をするのはおかしいか?慣れたら意外と楽しいものなんだが」
「私は公家の出で……もう違いますが…家事のお手伝いなど一切せず過ごしておりました。ですからこれから何をどうやってやればよいのか…」
「当面は俺が面倒を見てやる。だがお前のような美しい娘を捨てるなどよほどのことだと思うが。何があった?」
それを語る度胸はない。
もし知られてしまえばまた刀を向けられて縄で縛られて…糾弾されて…もうあんな目に遭のはこりごりだ。
椿姫が黙っていると、彼方は頬をかいて何も言わずに鍋に視線を戻した。
そして椿姫の膝には、少し汚れてしまった緋色の打掛。
これとわずかな小銭以外は無一文の身。
「私を…匿って下さるのですか?ですがここは我が家の持ち物で…」
「心配するな。俺はこれからすこし出かけて来るから、お前はこれを食べろ。腹が減っただろう?」
不安で胸が押し潰されそうで空腹など今まで感じていなかったが、良い匂いが部屋に立ち込めると急に腹が空いてきた。
顔を赤くして俯いた椿姫に近寄って頭を撫でた彼方は、小さく手を振って家の戸に手をかけて振り返った。
「外に出るんじゃないぞ。俺が帰ってくるまで、誰がここへ来ても戸を開けるんじゃない。いいな?」
「はい…」
「よし。すぐに戻って来るから待っていろ」
彼方が家を離れるとまた不安になり、そして開けてはならないと注意された押入れに目が行ってしまう。
だがそこは約束なので、気になりつつもそろりと竈に近付いた椿姫は、美味しそうな牡丹鍋の出来栄えに簡単しつつ椀によそって両手を合わせた。
「彼方様…感謝いたします…」
恐る恐る一口飲んでみるととても美味しくて、どんどん箸が進む。
それと同時に、生きているのだという実感が沸いて、涙が止まらなくなった。
「生きなくては…。使用人にでも白拍子にでも、何でもいいから職に就いて…生きなくては」
そう願ったが――
いまだ見捨てられた衝撃から立ち直っていない椿姫はただおどおどするばかりで、その間に彼方と名乗った男はてきぱきと炊事の支度をして椿姫を驚かせた。
「男が家事をするのはおかしいか?慣れたら意外と楽しいものなんだが」
「私は公家の出で……もう違いますが…家事のお手伝いなど一切せず過ごしておりました。ですからこれから何をどうやってやればよいのか…」
「当面は俺が面倒を見てやる。だがお前のような美しい娘を捨てるなどよほどのことだと思うが。何があった?」
それを語る度胸はない。
もし知られてしまえばまた刀を向けられて縄で縛られて…糾弾されて…もうあんな目に遭のはこりごりだ。
椿姫が黙っていると、彼方は頬をかいて何も言わずに鍋に視線を戻した。
そして椿姫の膝には、少し汚れてしまった緋色の打掛。
これとわずかな小銭以外は無一文の身。
「私を…匿って下さるのですか?ですがここは我が家の持ち物で…」
「心配するな。俺はこれからすこし出かけて来るから、お前はこれを食べろ。腹が減っただろう?」
不安で胸が押し潰されそうで空腹など今まで感じていなかったが、良い匂いが部屋に立ち込めると急に腹が空いてきた。
顔を赤くして俯いた椿姫に近寄って頭を撫でた彼方は、小さく手を振って家の戸に手をかけて振り返った。
「外に出るんじゃないぞ。俺が帰ってくるまで、誰がここへ来ても戸を開けるんじゃない。いいな?」
「はい…」
「よし。すぐに戻って来るから待っていろ」
彼方が家を離れるとまた不安になり、そして開けてはならないと注意された押入れに目が行ってしまう。
だがそこは約束なので、気になりつつもそろりと竈に近付いた椿姫は、美味しそうな牡丹鍋の出来栄えに簡単しつつ椀によそって両手を合わせた。
「彼方様…感謝いたします…」
恐る恐る一口飲んでみるととても美味しくて、どんどん箸が進む。
それと同時に、生きているのだという実感が沸いて、涙が止まらなくなった。
「生きなくては…。使用人にでも白拍子にでも、何でもいいから職に就いて…生きなくては」
そう願ったが――