主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
彼方はすぐに戻って来た。

だがその両手に抱えられているものを見た椿姫はただただ首を傾げてそれを問う。


「それは…どうしたのですか?」


「これか?これはな、俺の知人が用意してくれたものだ。お前の着替えや食い物に日用品…。ここにはせいぜい薬箱と布団位しかない」


「布団……」


彼方が両手に抱えているものは、女物の浴衣や着物に櫛や紅…それと飲み物や食べ物だ。

椿姫が驚いていると、彼方はにこっと笑って顎で外を指した。


「まだまだある。抱えきれなくて家の外に置いてあるからお前も手伝ってくれないか」


「は、はい…」


何が何だかわからないまま竈の前を通ろうとした時、彼方がまたふっと笑った。

どうしたのかと背の高い彼方を見上げると、端正で柔和な美貌の持ち主はほぼ空になった鍋をまた顎で指してにかっと笑う。


「どうだ、美味かっただろう?」


「は、はい。あの…私がほとんど食べてしまってあなたの分が…」


「俺は今特に腹が減っているわけじゃないからいいんだ。…美味いものを食う前には腹の中を空っぽにしておかないとな」


「?」


その意味もよくわからなかったが、濃緑の着物がよく似合う男は椿姫の手を引いて外へ出ると、籠いっぱいの食糧を見下ろしてまた椿姫に注意をする。


「どこにも出なかったか?誰かに姿を見られたとかは?」


「一歩も外には出ていません。…ここは私の…お父様だった方の私有地ですから」


「そうなのか。まあいい、とにかくゆっくりしてから色々考えればいいじゃないか」


優しい彼方の言葉と表情に救われた思いになった椿姫は、重たい籠を一緒に抱えて家の中へ持ち込むと、彼方に深々と頭を下げる。


「身の振り方を今考えております。どうかそれまではここに…」


「ああだから気にするなと言ったぞ。それよりも布団は調達できなかったんだ。今夜は俺と一緒に寝ることになるが、構わないか?」


「…え……」


男に触れられたのは今日がはじめての椿姫にとっては、それは無理難題だ。

だがもし…もし白拍子で生計を立てるのならば、必ず必要なこと。


「…はい…構いません…」


「よかった。明日には調達するし、お前に手は出さないから安心しろ」


“まだな”と彼方が呟いた言葉は、椿姫には届かなかった。
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