主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
約束通り、彼方は押入れから布団を出して床に敷いた後、それには寝ずに畳の上に寝転がった。

命の恩人に雑魚寝をさせることに抵抗はあったが――今までなにぶん男との接触を持ってこなかった椿姫は、“一緒に”とは言えずに彼方が背中を向けている間に浴衣に着替えてまた深々と頭を下げる。


「私のために色々…申し訳ありません」


「気にするなど何度言ったらわかるんだ?お前みたいな美しい女が死を望んで山野をさ迷っている姿を見捨てられると思うか?いいから早く寝ろ」


「はい。おやすみなさい」


気が張りつめていた椿姫は、床に身体を横たえて天井を見つめる。

静寂が部屋を包み込んで、緊張して眠れないのではと思っていたのだが――気が付けばうとうとしてしまい、すぐに寝息を立てる。


――彼方はそっと身体を起こして椿姫に近寄って顔を覗き込むと、完全に眠っているのを確認してからそっと外に出た。


「酒呑童子様」


「茨木童子か。隠れ家にしようと思って遊んでいたら、思わぬ拾い物をしたぞ。美味そうだから、もう少し信用させてから食う」


「そうですか、ではしばらくの間ここに報告に参ります。何か御要りようのものはございますか?」


「そうだな…布団をもう1組。とても美しい女だから、鏡も用意してやれ」


「御意」


椿姫以上に深々と頭を下げた男もまた少し尖った印象があるが、すこぶる顔が整った男だ。

彼方…いや、酒呑童子の手足となっている男はすぐさま散開すると、酒呑童子は欠伸をしながら家の中に戻って開けてはならないと椿姫に教えた押入れをそろりと開ける。


「これを見られたらまずいな。だが椿姫は外に出したくはない。どうしたものか」


その時椿姫が寝返りを打ち、どきっとした酒呑童子は襖を閉めてまたごろりと畳の上に身体を横たえる。

…どんな事情があるのかはっきりとはまだ聞いてはいないが、見目も美しくしかも死を求めてさ迷っていたとあれば…もうけものだ。


「痩せているようだからもう少し食わせて太らせよう。いい拾い物をしたぞ」


今まで隠していた牙を見せて笑んだ酒呑童子は、この時食うことばかりを考えていた。


食うことばかりを――
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