主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
主さまの身体から噴きだす妖気に身体を固くした椿姫と、主さまが本気で守ってくれようとしていることを感じ取って嬉しくなった息吹――
百鬼たちが壁となって息吹と椿姫を取り囲み、近付いてくる強大な敵からふたりを守った。
「主さま……」
「大丈夫だよ、あんたがここでじっとしてるんだ」
普段は屋敷を留守にする主さまから番を任されているので百鬼夜行に出ない山姫と雪男だが、敵が攻めて来るのならばもちろん全力を賭して制圧にかかる。
山姫の赤茶の長い髪は蛇のようにうねり、雪男の全身からは冷たい氷のような白い煙を発していつもとは違う真剣な表情になっていた。
「来るぞ」
主さまはいつものように淡々としているように見えた。
百鬼の壁の隙間からなんとか主さまを見ようと頑張っていた息吹が、右手に刀を持ち、左手はだらりと下げて無防備に見える主さまに声をかけようとした時――それはやって来た。
「俺を待ち構えていたのか、百鬼夜行の主よ」
「…何をしに来た?俺はお前に用などないぞ」
空で止まって主さまを見下ろすその男――
息吹にとっては見覚えがなく、椿姫にとっては…一時期は深く愛して想い合っていた男だ。
だがいつも湛えていた微笑はなく、氷のように鋭く憎しみのこもった表情で主さまを睨んでいる酒呑童子を、椿姫は知らない。
ああこの人は本当に鬼だったのだ…と再認識して、両手で顔を伏せて力なく縁側に座った。
「椿姫はどこに居る?ここに捕らわれているはずだぞ」
「捕らえてなどいない。お前の食い物になっていた椿姫を保護しているだけだ」
「俺と椿姫の関係に口出しをするな。まさかお前……椿姫を食ったんじゃないだろうな?」
主さまは否定も肯定もせず、酒呑童子を見上げていた。
嘘をつかない主さま――
ただただ静かで海のような眼差しに凍り付いた酒呑童子は、鞘からゆっくり刀を抜くと、憤怒の表情で歯を食いしばる。
「食ったのか!?」
「……そのせいで俺は大切なものを失おうとしている。後悔はしている。だが椿姫をお前の元に返すわけにはいかない」
「ふざけるな!食ったのか!椿姫を!」
何度も繰り返す。
嫉妬と愛情と怒りに満ちた叫び声は、椿姫の耳にも届いていた。
百鬼たちが壁となって息吹と椿姫を取り囲み、近付いてくる強大な敵からふたりを守った。
「主さま……」
「大丈夫だよ、あんたがここでじっとしてるんだ」
普段は屋敷を留守にする主さまから番を任されているので百鬼夜行に出ない山姫と雪男だが、敵が攻めて来るのならばもちろん全力を賭して制圧にかかる。
山姫の赤茶の長い髪は蛇のようにうねり、雪男の全身からは冷たい氷のような白い煙を発していつもとは違う真剣な表情になっていた。
「来るぞ」
主さまはいつものように淡々としているように見えた。
百鬼の壁の隙間からなんとか主さまを見ようと頑張っていた息吹が、右手に刀を持ち、左手はだらりと下げて無防備に見える主さまに声をかけようとした時――それはやって来た。
「俺を待ち構えていたのか、百鬼夜行の主よ」
「…何をしに来た?俺はお前に用などないぞ」
空で止まって主さまを見下ろすその男――
息吹にとっては見覚えがなく、椿姫にとっては…一時期は深く愛して想い合っていた男だ。
だがいつも湛えていた微笑はなく、氷のように鋭く憎しみのこもった表情で主さまを睨んでいる酒呑童子を、椿姫は知らない。
ああこの人は本当に鬼だったのだ…と再認識して、両手で顔を伏せて力なく縁側に座った。
「椿姫はどこに居る?ここに捕らわれているはずだぞ」
「捕らえてなどいない。お前の食い物になっていた椿姫を保護しているだけだ」
「俺と椿姫の関係に口出しをするな。まさかお前……椿姫を食ったんじゃないだろうな?」
主さまは否定も肯定もせず、酒呑童子を見上げていた。
嘘をつかない主さま――
ただただ静かで海のような眼差しに凍り付いた酒呑童子は、鞘からゆっくり刀を抜くと、憤怒の表情で歯を食いしばる。
「食ったのか!?」
「……そのせいで俺は大切なものを失おうとしている。後悔はしている。だが椿姫をお前の元に返すわけにはいかない」
「ふざけるな!食ったのか!椿姫を!」
何度も繰り返す。
嫉妬と愛情と怒りに満ちた叫び声は、椿姫の耳にも届いていた。