主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
酒呑童子の右腕がみるみる鱗のようなものに覆われて硬質化していく。

爪はとても長くて鋭く、それを以前に見たことのある主さまは瞳を細めて呟いた。


「鬼八の腕に似ている」


「そうとも、俺は鬼八様の一族の者だ。華月の血縁の者よ、お前たちが不当にその座を奪って俺たちを貶めた。いつかはその座を奪還する…それこそが俺の野望!」


その爪には猛毒があり、以前主さまもその爪の毒に侵されて生死をさまよった。

鬼八の能力を受け継いだ酒呑童子は優勢に立ったことに優越感を覚えると、何かを隠さんとばかりに山のようになっている百鬼の方に目を遣った。


「椿姫、お前を取り戻しに来た」


「…!」


椿姫が喉を引きつらせて身体を縮める。

息吹は椿姫の背中を何度も撫でてやりながら、百鬼の集団の隙間からちらちらと見える酒呑童子を見ていた。


「椿姫さん…あの人、あなたを食べようとして来たんじゃないと思います。ねえ、一緒に前に行こ?」


「ならぬぞ息吹。そなたはここに居なさい」


「父様…これは無駄な争いです。椿姫さんが酒呑童子さんを想う気持ちを認めて受け止めれば、この争いは止められます。椿姫さん…どう?主さまに殺されても…平気?」


――今まで思ったことをすぐ口に出すような行儀の悪いことはするなと躾けられて育てられた椿姫は、沸き上がってくる奇妙な感情と戦っていた。


一緒に暮らしていた時の酒呑童子はそれはもう優しくて…

沢山笑わせてくれて、守ってくれた。


一度食べられた後は神社に幽閉されて毎日のように食われたが、それまでは本当に優しくて――


もし食われる前の生活に戻れるのならば…


「あの人が私をもう二度と食べない保障など…ありません」


「うん…妖だからその保証はないかもしれないけど、それでも私は主さまと夫婦になる前から今までずっと、食べられたことはありません。椿姫さん…酒呑童子さんを信じてあげて。あなたを他の妖から食べられないために守ってたんだと思います。ねえ、酒呑童子さん本人に聞いてみたらどうかな」


話している間にも、主さまと酒呑童子の妖気と殺意がぶつかり合って苦衷には巨大な雷雲が産まれていた。


すでにもう、一触即発の状態だった。





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