主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「椿姫を連れてここから去れ。そうすればお前の命は奪わない」


「なん、だと…!?俺に情けをかけてやるとでもいうつもりか!?」


主さまには…いや、華月の一族には積年の恨みがある。

力こそ全てという思想があるために、鬼八を欺いた挙句鬼族の筆頭となった華月の一族に対して、鬼八の一族は言葉に言い表せられないほどの憎しみを持ちながら今日にまで至ってきたのだ。


元を辿ればひとつの血筋だった者たちは道を違えて、すれ違ったまま。


その恨みを今晴らす時なのに――


「聞こえなかったか?椿姫を連れてここから去れと言っている。…俺に恨みはあるだろうが、今は争うべき時ではない。……誤解されたままでいいのか?」


「お前の指図は受けない!……あの女…お前の妻だった女だな?ああ大きな腹をしている…。臨月か?まさか人との間に子をもうけるとはな」


酒呑童子が息吹の話題を口にした瞬間、主さまの身体から青白い鬼火がいくつも現れて、まるで襲いかかるように酒呑童子の周囲を飛び回った。


あれが、この男の腱。


産まれてくる子は男であれば百鬼夜行を継いで、主さまに代わって長きに渡り悪事を働く妖を粛清してゆく。


そして力を持つ妖は大抵が悪事を働き、主さまを忌み嫌っている者が多い。


酒呑童子も、そのうちのひとりだ。


「…息吹を見るな。椿姫とここから去るつもりがないのならば、ここでお前を殺す」


「お前を殺すのは骨が折れる。もっと簡単な方法で、お前を貶めてやる」


「…なに?」


――地上から主さまと酒呑童子が対峙する姿をつぶさに見守っていた息吹は、こちらを見た酒呑童子を確実に目が合った気がした。


隣に居る椿姫は、眼中にない。

主さまを睨んでいた時と同じ目つきでこちらを見ている酒呑童子が何を狙っているかに気付いた息吹は、咄嗟に行動に出た。


「椿さん、離れて!」


「え…?きゃ……っ!」


息吹が隣に立って呆然としていた椿姫の身体を思いきり押して突き飛ばした。


無防備だった椿姫が飛ばされて転ぶと、息吹は背筋を正して毅然とした態度で酒呑童子を見つめた。


「お前を殺す!」


会ったことのない男から、悪意を叩きつけられる。

猛然とした速さで駆けてくる男から大きな腹を守るように、両手で庇いながらも逃げることはしなかった。

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