主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
主さまの腹に大穴が開いていた。

それでも即死しないのは妖の強靭な生命力故。

息吹の陣痛が始まると、出産はもう少し先になるはずだったし晴明の屋敷で産む予定だったので何も準備していない山姫が悲鳴を上げた。


「主さま!息吹!!せ、晴明、どうすれば…!」


「まずは落ち着いて湯を沸かしなさい。私は一時的に十六夜の血のめぐりを止めて出血を抑える」


酒呑童子は上空で苦悶の声を上げている。

晴明が放った札には使役している十二神将が封じられてあり、酒呑童子の腕に張り付いた瞬間、攻撃を始めていた。

こんなこともあろうかと準備していた晴明は、いっときの時間を稼いで主さまに駆け寄ると、意識が朦朧としている主さまが我が身よりも息吹を案じて手を伸ばそうとしているその手を握った。


「十六夜、そなたの治療と同時進行で息吹の出産も行う。…それで良いな?」


「せい、めい…、息吹を…先に…」


「私に任せろ。そなたは確と意識を保て。…床は息吹の隣にしてやる」


「息吹、しっかり、しろ…」


「主さま…主さま……!」


互いが互いに身を案じて名を呼び合う。

息吹は腹を押さえながらも主さまに手を伸ばした。

主さまは晴明の手を離すと、息吹に手を伸ばして――そして指を絡め合った。


「晴明、俺はあいつをやっていいか?息吹はお前に任せた」


今までずっと屋敷の番をし続けていた雪男は、主さまの側近になるほど実力を持った妖だ。

酒呑童子に駆け寄って身体を支えている茨木童子を雪男が差すと、晴明は首を振って呆然としている椿姫に視線を遣った。


「椿姫と酒呑童子を対峙させなさい。それで万事丸く収まる」


「わかった。でも攻撃されたらやり返すからな。息吹、しっかりしろよ」


「雪ちゃん…うん…うん、頑張る…!主さま…しっかり…主さま…」


百鬼たちがこぞって主さまの身体を担ぐと客間へと連れていく。

晴明は息吹を抱きかかえて足早に同じ部屋に運び込みながら、どうすれば主さまを助けられるか懸命に考えていた。


あの傷では――助かるかどうかは五分五分。


主さまの強靭な生命力を信じて、そして自身の力を信じて、息吹を床に寝かせた。
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