主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
主さまと息吹の床はぴったり寄せて1枚の床のようになっていた。


晴明は主さまの身体に何本かの針を打ちこんで出血を抑えたが、激痛は主さまを襲って止まない。

それでも声をひとつ上げずに歯を食いしばって耐えている主さまの精神力に晴明は何度も頷いて励ました。


「そなたが先に逝ってしまっては私の娘が可哀そうだ。孫も可哀そうだ。耐えるのだぞ、十六夜」


「…っ、……!」


返答はない。

ただただ痛みに耐えて、何度も飛びそうになる意識と戦いながら隣で同じように苦しんでいる息吹に顔だけ向けて荒い息を吐いていた。


逆子の出産は通常の出産と痛みが違うのかそうでないのか――

脂汗をかいている息吹の傍には山姫が座って介抱していたが、庭先にはまだ酒呑童子と茨木童子が居るはずだ。

息吹の出産に集中したいのにそれができずおろおろしている山姫は冷静さを欠いていた。


「晴明、次はどうすれば…!」


「陣痛の感覚が一定になるまでは産まれぬ。息吹を励ましてやるのだ。私は十六夜でかかりっきりになる」


「主さま…しっかり、して…主さま…」


――主さまの瞳が虚ろになってはまた力を取り戻して光る。

その繰り返しは主さまが生死をさまよっている証で、激痛に耐えながらも息吹は手を伸ばして主さまの手首を掴むと――

疼く大きな腹の上に乗せて、触らせた。


「主さま…今から、産まれてくるよ…!抱っこしてあげて…!お願い…!」


「……、………き…」


最後の語尾だけ、微かに聞こえた。

名を呼んでなんとか腹の上に乗った手を動かそうとしている主さまの手首をまたぎゅっと握った息吹は目尻に涙を浮かべながら何度も謝った。



「ごめんなさい主さま…!椿さんのこと、全部聞いたから…だから…戻って来てもいい…?私…主さまの奥さんでいたいよ…!」


「…っ、いぶ、き……!」



今度は、はっきりと聞き取れた。

そして、微かに口元を緩めて微笑んだようにも見えた。


「主さましっかりしてね、私も…頑張るから……!」



腹の上に乗せていた主さまの手が、応えるようにゆっくりと腹を擦った。
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