主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
主さまの傷は穴が空いただけではなく爪の毒も受けて、青黒く変色していた。


鬼八の時も毒を受けて苦しんだ過去があり、今回は大穴まで空いて施術の施しようがない。

今は踏ん張っているが、毒が抜けるまでどの位かかるだろうか――

そうなると、息吹の出産の方が先か――


「主さま…主さま……」


息吹がうわ言のように何度も主さまに呼びかける。

その度に閉じようとする瞳を開ける主さまは、完全に意識が飛びかけていた。


離縁して離れるのではなく、永遠に離れ離れになってしまうかもしれない――


息吹の意識は自身の出産にではなく、全て主さまに向かっていた。


主さまが死ぬなんて、考えられない。

よもや自分を庇って死ぬなんて――絶対に嫌だ。


「父様……主さま、は……っ」


「十六夜は私に任せてそなたは無事に産むことだけを考えなさい。山姫、どうだ?」


息吹の足元で待機していた山姫は、狼狽えながらも腕まくりをして息吹の出産に備えていた。

まだ当分産まれる気配はなく、また息吹が苦しみながら主さまを案じる気持ちが伝わってきて視界がぼやけてしまう。


息吹の腹の上に乗っている手はあれからぴくりとも動かず、息吹はその手を握って動かして、腹を触らせていた。

主さまの掌には、腹の中の子が動いている感触がまざまざと伝わっているはずだ。

我が子の誕生を望んでくれていることは重々知っているし、これが励みになればと何度も動かしているが――


「主さま…やだ…主さま……駄目、死んじゃ、駄目…!」


涙声で歪む息吹の懇願は主さまに届くか――


冷や汗が止まってしまった主さまが生死の境目に居ることが見て取れた晴明は、再び何本もの針を主さまの身体に打ちこんで毒を抜くことに専念する。


お願い

お願い、私から主さまを奪わないで――

私の生気を主さまに分けてあげられるのなら分けてあげたい…!


息吹の瞳に光が漲る。

腹の上に乗せていた主さまの手が光り、じわじわと身体全体に広がっていった。
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