主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「ここは……どこだ…?」


見たことのない形や色の花が咲き乱れる花畑の中――

ここはどこなのか…

どうやってここへ来たのか…?


その花畑の中に立ち尽くしていた主さまは、自身の身体を見下ろして指で腹に触れた。


「傷が…ない…」


痛みを感じないほどの大穴が開いていたはずだ。

誰かを庇って、誰かを抱きしめて…

絶対に失いたくなくて傷つけられたくないものを、守ったはずだ。


「俺は……ここで何をして……」


ぼんやり考えながら四方を見回すと、前方にまっすぐで大きな川があった。

そこには4人位で定員であろう船と、全身を真っ黒な布に包まれて顔の見えない男が船の淵に立っていた。


「お客さん、船を出すよ、早く乗りな」


「……俺が船に乗るのか?」


「そうだよ、あちらに渡るんだろう?みんなあちらに渡ってるんだ、あんたは渡りたくないのかい?」


川の向こうには、こちらと同じ花畑が広がっている。

そう言われるとあちらに渡るのが自然に思えた主さまは、考えのまとまらないまま船に近付いて男に声をかけた。


「ここはどこだ?俺は何をして…」


「あちらへ行けばわかるさ。さあ乗りな」


手を差し伸べられて促された主さまがその手を取ろうと腕を伸ばそうとすると――


「主さま、駄目」


「……?」



意志のこもった強い口調――

可愛らしくて済んだ高い声の持ち主の呼びかけに振り向いた主さまは、そこにいつも心に棲みついて止まない女の存在を見て瞳を見開いた。


「……いぶ……き…?」


「主さま、戻ってきて。その船に乗るともう会えなくなっちゃう。私と…この子と会えなくてもいいの…?」


息吹が大きな腹を擦って唇を噛み締めながら哀願している。

船乗りの男に背を向けた主さまは、相変わらず思考が定まらないながらも息吹の前に立って小さな女を見下ろした。



「息吹…俺は一体何をして…ここはどこなんだ?」


「今はそんなことどうでもいいの。主さま戻ろ?お願い…戻って来て…十六夜さん…」



真実の名を呼ばれた瞬間、思考が鮮明になった。


ここは…冥府の入り口だ。


あの船に乗ってしまってはもう息吹にも我が子にも会えなくなる。


ここから脱出しなければ――

ここまで駆けて来てくれた女のために――


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