主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「あ、あんた……逆子だって言ったよね…?」


「ああ、産婆からそう聞いたが。どうした?」


「頭が…」


息吹が汗をかきながら大きく力み、足元に居る山姫は赤子の頭が見えたことに声を詰まらせた。

逆子なので本来は脚から出てくるはずなのだが――


「息吹!逆子が戻ってるよ!頭が見えてきたよ、もう少しだから頑張りな!」


「う、ん…っ!赤ちゃ、ん…っ、私と、主さまの……っ」


逆子が治った――

その知らせだけで安堵したが、無事に産んであげることこそが自分にしかできないこと。


「息吹……頑張れ…息吹…」


「うん…主さま…待ってて…私…頑張るから…!」


地主神が持参してくれた粉を腹に塗ってしばらく観察していると、驚くべき速さで肉の芽が盛り上がっていた。

呼吸も徐々に楽になっていき、息吹の方に顔を向けて励ます余裕も出てきている。

主さまはもう大丈夫だと判断した晴明は、息吹の足元へ行って山姫と代わると再び腕まくりをして湯で手を消毒した。


「一気に力むのだ。そなたも苦しかろうが、子も生れ出てこようと必死になっているのだよ。さあ息吹」


「う、ん……っ」


十月十日腹の中で守ってきた我が子。

主さまとは色々あって悲しい思いになったことも何度もあったけれど、この子のおかげで独りではないと強い気持ちで進んでこれた。


「生まれて、おいで…!私と、主さまの…!」


上体が持ちあがるほどに大きく力んだ。

主さまは息吹の手をしっかり握って、爪が食い込む息吹の手を離さなかった。


苦しみながらも子を産んでくれる愛しい女は、冥府にまで来てくれて自分を助けてくれたのだ。


離したくない――

もう二度と、離さない――


「ああ、出てきた…!息吹、もう一息だ!」


「うぅ、ん……っ!」


渾身の力で力んで、もう失神してしまうかもしれないと思った時――



「おぎゃあ、おぎゃあーっ!」


「ああ……赤ちゃん…」


「息吹…男の子だよ。よく頑張った」



晴明が声を詰まらせた。


生まれてきたのは男の子――

新月の夜に生まれた男の子。
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